エチオピア・ケニアの旅:9.エチオピアのタクシー・車事情

ブルを手にした我々は、空港を出て、とりあえず時間も遅いし、アディスアベバの治安もよくわからなかったので、エアポートタクシーを利用してホテルに向かおうと考えます。ホテルは、歩き方を見て、街の真ん中あたりに位置するNational Hotelに決定します。


エアポートタクシーは黄色に塗られており、歩き方によれば、それ以外のタクシー(白と青に塗られている。とりあえず白タクと呼びます。)よりも割高だが安全とのこと。そこで、「Taxi」の標識に従い、空港を出て乗り場に向かいます。私は、先進国以外でよくある客引きラッシュを警戒していましたが、まったく声を掛けられることなく、乗り場に到着。客待ちをしているタクシーの列に行くと、一見して観光客である我々に対し、さっそく元締めのような親父が声をかけてきます。


親父は英語でどこに行くのか聞いてくるので、「National Hotel」と行先を伝えると、何やらファイルのようなものを持ち出し、200ブルと記載されているのを見せられます。内心このファイルに何の根拠があるんだとか思いながらも、歩き方に書いてある相場とそうずれていなかったので、OKと伝えると、我々が乗る車を指定され、その車でホテルに向かいます。声を掛けられた時点では、その親父の車に乗るものだと思っていたので、少々驚きます。とはいえ、別に誰の車でないといけないというわけでもないので、おとなしく指定された車に乗ります。車はトヨタカローラでした。


ちなみに、後で訪れたナイロビのエアポートタクシーでも、元締めがいて、元締めが客引きをし、運転手と車をその場で手配していました(ナイロビはトヨタプリウスでしたが。)。エチオピアケニアではそういう売上管理をしているんでしょうか。


青と白に塗られた白タクは町中いたるところで見られます。





















車は大きな道を走ります。市内に入るにつれて、大量の車を目にすることになりましたが、アディスアベバ市内を走っている車は、圧倒的多数がトヨタカローラハイエース)、次に日産です。しかも、日本だと廃車だろうと思われるような年季の入った車が多いです。タクシー運転手に、トヨタじゃないか!と話しかけると、トヨタの車はstrongで素晴らしいと言われます。確かに、エチオピアに車で、トヨタ車がここまで頑丈とは思わなかったですね…


白タクは、車種不明(私が自動車に詳しくないゆえかもしれませんが)の小型車がほとんどで、それをペンキで青と白に塗っています。エアポートタクシーも20年くらい乗られているようなカローラが結構ありますが、白タクはもっと年季が入っていて、ドアを強く締めると運転手に「Soft! Soft!」と怒鳴られます。


それに、「TOYOTA」はおしゃれなイメージがあるのか、明らかにトヨタ車じゃない車や、馬が引っ張る車にまで「TOYOTA」のシールが貼られていたりします。また、車が年季が入っている分、おしゃれでカバーしようとしているのかどうかわかりませんが、シールが貼られている車が多いように感じました。


シールの大部分は、キリスト教に関するものか、最後のエチオピア皇帝のものが多くみられます。前者は、キリストの絵や、エチオピア正教の聖人である聖ゴルギアス(セイント・ジョージ)が多く、後者は、廃位された最後のエチオピア皇帝であるハイレ・セラシエの絵です。


ゴルギアスエチオピアでは最もポピュラーな英雄らしく、いろんなところで見かけましたし、ビールのブランドとしても使われているようでした。ハイレ・セラシエは、どうも人気があるようで、自動車に貼られている以外にも、Tシャツになっていたりといろんなところで見かけました。その一方で、ハイレ・セラシエ廃位し暗殺した政権は人気がないのか、黒歴史なのか、博物館等でも、ほぼ言及されていませんでした。ハイレ・セラシエも、ひょっとしたら毛沢東のように、時代を経て「お守り」のようになっているのだろうかとも思いました。この辺りは非常に気になるのですが、現地人に聞くのは避けたほうがいいかと思い、結局聞かずしまいです。


また、ハイレ・セラシエは、ラスタファリ運動の原動力になっていることからか、ボブマーリーらしき肖像が書かれたお土産物のシャツも多くみられました。私は勢いでハイレ・セラシエのシャツを買ってしまいましたが、いつ着ればいいんでしょうかね…


車の後部にはセイント・ジョージ、側面にはハイレ・セラシエの肖像が貼られたトヨタハイエース





















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エチオピア・ケニアの旅:8.エチオピアの通貨

何はともあれエチオピアの通貨を手に入れる必要があるので、中年職員に銀行はどこかと聞くと、親切に教えてくれます。銀行でとりあえず200米ドル分エチオピアの通貨である「ブル」(巻き舌で発音する。)に変えます。だいたい1ブル=5日本円位です。


現地人の相場感覚は1米ドル=20ブルというもので、アディスアベバ市内では、入場料のように定価が決まっているもの以外の支払は、米ドルもブルもいずれでもOKという感じでした。そのため、我々も、最初に両替した以外には両替することもなく、米ドルが使えるところは米ドルで支払いをしました。


ブル通貨は、最高額が100ブルです。なぜか100ブル札はよれよれで汚いものが多いのに、それより小さい額のものはきれいなものが多いように感じました。100ブル札が一番流通しているからだろうかと思ったのですが、物価を見る限り、必ずしもそうでもなさそうです。


紙幣は1、5、10、50、100ブルで、硬貨はあまり使った記憶がありません。また、Wikipediaによると、ブルの下にサンティームという単位があるようですが、これまた見た記憶がほとんどありません。個人的には1ブル硬貨がおしゃれで気に入っています。


空港にある銀行でブルをゲット。

エチオピア・ケニアの旅:7.エチオピアの洗礼2

アクスム、ラリベラ行きをほぼ断念した我々は、ふと気づきます。
我々は、イミグラの外にいるが、イミグラを通っていないのではないか…?


そこで、ターミナルにあるイミグラのお姉さんに英語で話を聞くが、よくわからないと言われ、違うイミグラに行けと言われます。そこで、我々は、別のイミグラに移動します。日本だと、一度荷物受取場を出ると逆走はできないが、まったく止められることもありません。


イミグラに行って、若いイケメンの係員に、我々がイミグラを通っていないことを説明すると、なぜそんなことが起きるんだと聞かれます。いやいや、こっちが聞きたいよと思いつつ、事情を説明すると、一応納得したらしく、イミグラの座席に入り、手続を始めてくれます。


しかし、イミグラのための機械(指紋読み取り機)の調子が悪いのか、一向に進みません。何回か機械を変えトライするのですが、ちょくちょく国内線の飛行機が到着し、若い係員はその度にそっちの対応に行ってしまい、我々は待ちぼうけを喰らいます。


それでもどうにかして指紋の読み取りが終わり、やっと、エチオピアでの住所を聞く段になります。我々は、予約は当然していませんが、地球の歩き方(今後「歩き方」といいます。)に書いてあったリーズナブルな「National Hotel」に泊まる旨伝えます。しかし、いまいち伝わらないので、歩き方を渡して見せます。そうすると、彼は、歩き方に興味を持ったらしく、なぜか他のページをめくり始め、完全にエンジョイし始めます。ちょお前!とか思うも、こっちも考え方によっては不法入国してしまっているので、強気にも出られず待つほかありません。そうこうしているうちに、また飛行機が来て、若い係員は我々に、近くのベンチで座って待てと言うに至ります。


結局、若い係員は何とか手続はやってくれたようなのですが(ビザに捺印された)、その後ベンチにいる我々のところに来て、「これはイミグラのために必要なのだが…」と言いながら、歩き方の写真について聞いてきたりして、完全に雑談モードに入っています。我々も彼の機嫌を取らないといけないので、アクスムエチオピアの素晴らしい文化の発祥地と聞いているとか言いながら、アクスムのページを見せます。最終的に若い係員は、今イミグラに報告挙げているから待ってくれと言うので、仕方なく待ちます。この時点で既に午後4時を過ぎています。


若い彼は、日本人が珍しいのか、色々話しかけてきます。こっちも待つほかやることがないので彼とおしゃべりし、彼がイミグラに来たばかりだということを聞いたりします。彼は、我々に対して、日本人や中国人は英語を話さずに、自分の国の言葉で話しかけてくることが多いが我々はなぜ英語を話すのかとか、我々はファミリーネームが一緒で顔がよく似ているが兄弟なのかとか、そういうことを尋ねてきたりします。


すると、途中で中年くらいの空港職員が来て、我々を見つけて不審に思ったのか、若い彼に事情を聴き始めます。すると、この中年職員は、我々のイミグラはターミナル2でやるべきだとして、ターミナル2に移動しようと言い始めます。我々は内心、冗談じゃない…と思いますが、やむなく彼についていきます。ターミナル2は、車で移動しなければならないので、我々と彼はターミナル1の滑走路側で車を待ちます。その間、再度彼は我々に、何時にアディスアベバに着いたのかと、今後の旅程はどうなのかとか、アディスアベバでのホテルはどこかといったことを根掘り葉掘り聞いてきます。我々もしょうがないので、さっき若い職員に説明したのと同じような内容を再度彼に説明します。


我々は車でターミナル2に移動します。ターミナル2は、我々が朝8時過ぎに到着したターミナルです。この時点で、午後5時前。我々は、アディスアベバに到着して9時間近く。私は、なぜアディスアベバまで来て何もせずに9時間を費やしているんだろうかと思いつつ、今朝の到着がずいぶん昔の出来事だったような印象もあって、ある種変な懐かしさを感じながらターミナル2を歩きます。


一方、中年の空港職員は、我々を導いて、ターミナル2のイミグラに連れて行ってくれます。空港内は、薄暗く、旅客もあまりいません*1。中年の空港職員は、イミグラに事情を説明して、手続をしてくれます。ターミナル2のイミグラ職員も、国際線がつく時間でないのか、完全にリラックスモードでダラダラしており、そんな時間帯に現れた東洋人2人に不審な目を向けていました。


私は、ここでまた足止めされると、アディスアベバ市内に着くのが夜になるので困るなあなんて思います。しかし、中年職員の説明を受けて納得したのか、イミグラ職員は、最後は愛想よくイミグラ手続を終えてくれ、午後5時過ぎ、ついに我々は改めてエチオピアに入国しました。


アディスアベバ空港の外観。


















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*1:帰国時のトランジットでわかったのですが、アディスアベバ空港の国際線は、午後3時〜午後6時頃便が少ないようです。

エチオピア・ケニアの旅:6.エチオピアの洗礼

アディスアベバ空港で、エチオピア航空職員にベンチで待っているよう指示され、待っている我々。しかし、待てど暮らせど職員は何も言ってきません。

そうしている間に、周りのベンチに座っている人たちは入れ替わります。私はアフリカ大陸初上陸なので、周りの人々・物の全てが珍しく、観察して待ちます。書いてある文字はアムハラ語で全く読めませんが、面白い形をしていて見ていても面白いです。また、周りの人々は大きく分けると、洋服を着ていまどきな格好をしている人、伝統衣装らしきものを着ている人(ほとんど女性)、ムスリムらしき人に分かれます。

こうやって時間を過ごしていると、もう昼時です。すると、隣のマダム2人連れが、昼ご飯を食べ始めます。我々が物欲しそうな顔をしていたわけでもないでしょうが、なぜか隣の我々に自家製のパン(クレープを重ねたような物)をわけてくれます。我々もお言葉に甘えて頂きますが、微妙に酸味があり、おいしかったです。

それでも、職員は、2時前になっても何も言ってきません。聞きに行くと、キャンセル待ちなのだから待っていろと言われます。我々はこの時点ではじめてキャンセル待ちであることを知るのです。そして、結局2時過ぎに、「Seats are full」という、残念な一言を頂戴します。そう、我々は5時間待たされた挙句、アクスムには行けないということになったのです。

日本以外の国(特に先進国以外の国)では、不明なことは全部聞いて、きっちり言質を取らなければならないのですが、私も久しぶりの先進国以外の国の訪問ですっかりそういうことを忘れていたのです。キャンセル待ちだというのを早くに知っていれば、あきらめて他の方法も考えられたはずななのですが…今回の旅程は、アディスアベバアクスム→ラリベラ→アディスアベバだったので、これでラリベラに行くのもほぼ不可能となってしまい、我々の旅程は、開始早々再検討を要することとなってしまいました。私は、アクスムとラリベラに行くことが、今回の旅行の最大の目的だったので、結構絶望的な気持ちになりました。

それでも、とりあえず今日のところはアディスアベバ市内のホテルに泊まるほかないだろうという結論になります。それで、アディスアベバ市内に向かおうとするのですが、そこで我々はとんでもないことに気付くのです。

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日本のいちばん長い日

本日、見てきました。原作は半藤一利氏の同名ドキュメンタリーです。
敗戦から70年という年に作られたこの映画をぜひ見たいというのもありましたし、原作はドキュメンタリーですので、これをどのようにして映画にするのかなというところにも興味がありました。
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映画の感想としては、いい映画だと思いました。とりわけ、役所広司氏演じる阿南陸軍大臣本木雅弘氏演じる天皇陛下は素晴らしかったです。また、井田中佐・竹中中佐もよかったです。
一方で、原作を読んでいないと、或いはある程度日本近代史を知らないと、よくわからないことが多いのではないかと思います。おそらく尺の問題があってでしょうが、人物紹介等は一切ありません。そのため、エンドロールで「大西瀧治郎」と出ているのを見て初めてその人がどこかで出ていたことに気付く、というようなことになります。また、原作を知らないと、畑中少佐がなぜ事件を起こしたかや、佐々木大尉がいきなり鈴木首相を襲撃した経緯もよくわからないかもしれません。このあたりは、原作を読んでくださいと言う世界なのかもしれません。個人的には、宮城事件までとそれ以降で二部作にしてもらいたかったくらいです。いろんな理由で難しいのでしょうが。

以下は原作を踏まえてのコメントですが、私が原作から感じたことをまとめると以下の3つになります。
1.振り上げたこぶしを下ろすという難題に挑んだ男たちの努力と最後は聖断という権威によるほかなかった情けなさ
2.大人の振り上げたこぶしに忠実に振る舞った若者たちの悲哀
3.「国体」に対する信仰

今回の映画は、これらの3つのポイントについて、いずれも原作を読んでいれば伺うことはできました。しかし、3については少し弱かったかもしれません。登場人物が国体を守るためになぜあそこまで努めたのかということの理由をもう少し描いてほしかったように思います。

その一方、原作のいわゆる「名シーン」はほぼ拾われていて、映画の中でもちゃんと名シーンとなっていました。原作を読まれている方にはぜひ見て頂きたい映画です。本日天皇陛下が「深い反省」に言及されたことを思いながら見るとまたいろんな思いがわき出てくる映画でした。

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エチオピア・ケニアの旅:5.トランジットの失敗

我々は、午前8時10分にアディスアベバ空港に降り立ちました。飛行機をタラップをでおり、ターミナル行のバスに乗り込みます。


【写真:アディスアベバ空港は緑に囲まれています。】


我々は、午前9時のエチオピア航空アクスム行に乗らねばなりません。しかし、ターミナル行のバスはしばらく発車しません。

しばらくして発車したバスは、ターミナルに到着しますが、我々を含む、この便の利用者はしばらく足止めされる。どうやら、通路を他の便の利用者が通っているらしく、それが終わるまで足止めされていたようです。多少時間がタイトなので焦りますが、仕方ないので、壁に書いてある「ようこそエチオピアへ」というような写真を眺めて過ごします。

足止め解除後、通路を進もうとすると、「トランジットはこっちだ」という空港の職員の指示に従って行ってみたところ、国際線のトランジットに行ってしまい、さらに時間をロスします。結局、複数の空港職員に聞いてみたところ、国内便はターミナルが違うということがわかり、別のターミナルに行くバスを待ちます。しかし、バスに乗り込んだ時点で8時40分。ターミナルについて、手荷物検査をし、アクスム行のゲートに走りますが、ゲートのエチオピア航空職員によれば、既に飛行機は「Departured」とのこと。我々は唖然としますが、なぜか職員もびっくりしていて、職員二人でアムハラ語で何か話しています。

しばらくして、職員の一人から、次の飛行機を手配するからついていくるように、と言われたので、我々はやむなくついていくことにします。内心、こんなことが起きるのか…と思っていましたが、次の飛行機に乗れるようだと思って安心します。

職員は、我々を連れて、今まで来た道をしばらく逆走した後、行き先を変えてイミグラへ進みます。職員は、イミグラ職員に我々のパスポートを見せ、何かを告げて(彼らはアムハラ語で話すので、内容は全く分かりません。)、そのまま通過します。それでいいのか不安だったので、イミグラの手続はしなくていいのかと我々を引率する職員に聞くと、アクスムですればいいと言われます。今までの経験的にイミグラは最初に到着した地点でするような気もしましたが、職員が言うならそうなのだろうと思い、そのままついていき、国内線のチェックインカウンターまで移動します。

職員は、エチオピア航空のカウンターで、カウンターにいる職員と何か会話し、我々のパスポートと、アディスアベバまでのチケットの半券を見せています。その後、職員は我々にパスポートを返した上で、我々をカウンター近くのベンチに連れて行き、ベンチで待っていろと言います。そして、彼自身は、なぜかそのままカウンターの近くで、エチオピア航空のカウンターを利用する旅客の案内や手伝いをはじめました。

我々は仕方ないのでそのまましばらく待っていたのですが、一時間経っても何ら動きがありません。我々を引率した職員は、たびたび我々のところに来て、「No problem!」「Don’t worry!」と言いますが、本当に大丈夫なのかよと内心思ってしまいます。されど、我々も、待つほかないので、待っています。そうすると、今度はカウンターにいたエチオピア航空職員が来て、トランジットには一時間の余裕があったので、別の飛行機への振り替えには、500ブル掛かると言ってきますが、もちろん我々は問題ない旨を告げます。そうすると彼は、それでは待っていてくれと言い残し、去っていきました。

我々はいまだに状況をよく把握できていませんでしたが、空港の国内便の時刻表を見て、どうやら午後2時30分にアクスム行の便があることがわかり、それに乗せようとしているのだろうと推測し、待つことにします。


【写真:我々が待たされていたエチオピア航空のカウンター前】

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エチオピア・ケニアの旅:4.アフリカ大陸の第一印象

目が覚めて機内食を食べると、飛行機はもうアフリカ大陸の空に到達します。
エチオピア航路が最初に到達するアフリカ大陸の空は、あの失敗国家で有名なソマリアの空です。

アラビア海を渡り、ソマリアの海岸を見下ろします。ソマリアの大地は黄色く、緑が少なく、いかにも土地が豊かでないという印象でうす。ただただ、黄色い大地をぼーっと眺めます。

飛行機から見たソマリアの海岸線。黄色い大地が広がる。






























一方、ソマリアからしばらく山地の上を飛ぶと、エチオピアに入ります。しばらくすると、ソマリアとは一転して、緑豊かな土地が目に入ってきます。その後アディスアベバ郊外を回って思いましたが、エチオピアは本当に緑が豊かで気候が穏やかな恵まれた土地です。古くから文明が栄えたのは納得できます。一方、エリトリアを失った今となっては、地の利が相当悪いゆえか、恵まれた土地を生かし切れていない印象です。

アディスアベバ上空に至ると、3、4階建てのアパートが多数見えます。また、遠方には高層ビルも見え、さすがはAUの本部を置き、アフリカの大国たるエチオピアという印象です。

アディスアベバ上空からみる市街地。




























飛行機が着陸後、タラップに出ると、周囲は空港の建物をのぞき緑広がる草原と、その向こうに見える山々。実に緑が多い国です。

ちなみに、日本語では「アディスアベバ」だが、現地人の発音は「アディスアババ」と聞こえるし、表記も「Adisababa」です。エチオピア航空機内で見られるビデオによると、「アディス」とは「新しい」という意味で、「アババ」とは「花」の意味とのことで、エチオピア帝国の皇后が命名したとのこと。美しい土地だったのでしょう。




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