地獄への道は善意で舗装されている

数日前、某有名人がツイッターでお年玉を配ったのが話題になりました。これを見たときに私が思ったのが、「ただより高いものはない」というものでした。両親からは色んな金言をもらっていますが、その中の一つがこれです。

今の私の理解では、この言葉には二つの含意があり、①○○にキスするようなことはするな、②謂れのない金をもらうと後でより大きな損をするということです。弁護士になってから、根拠なく何かしてもらうと借りができてしまうし、信用できる相手以外から借りを作ると碌なことにならないというのを実感していますので、本当に親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はないなというところでしょうか。

一方で私は、「やらない善よりやる偽善」という信条も持っているのですが、今回の出来事にはかなり違和感を感じました。なぜだろうと考えていたところ、以下の記事に接しました。

note.mu私はこの記事の筆者程今回の出来事に対し強い反感は持っていないのですが、この記事の以下の記述は、私が違和感を感じた根幹を言い表しているように思いました。

金持ちが直接金を貧乏人に配ると、上記のような形で、金持ちに権力が生まれ、貧乏人は金持ちに逆らえなくなる。
この問題を解決するために、人類は、「金持ち → 貧乏人」という富の分配を、「金持ち → 政府 → 貧乏人」という形にする方式を作り出した。すごいイノベーションである。というか、レボリューションである。
このレボリューションによって、ようやく、貧乏人は、実質的な言論の自由を手に入れ、金持ちの言うことであってもダメなものはダメと言えるようになったのである。 

 今回の某有名人の行動は、したたかな計算に基づく*1と思われるものの、根っこのところには善意があるのかもしれません。しかし、ここで当てはまるのは「やらない善よりやる偽善」よりも、「地獄への道は善意で舗装されている」でしょうか。

なお、私的な或いは趣味的な感想として、上のツイートがリツイートの世界記録になったというニュースに日本国民の窮境を感じたというのと、今回のやり方には品がないと感じるというところ。いずれも所詮は感想にすぎませんが、私の感性と社会がズレてきているのだろうと思った次第です。

*1:税務的にも法務的にもよく考えられていると思います。