検察OB有志の意見書のまとめー「司法の前衛」たる矜持

本年5月15日、元検事総長を含む検察OB有志の14名が、法務省に対し、東京高検検事長の定年延長について意見書を提出しました。検察OBがこのような連名での提出をするのは極めて異例のようで、世間では色んな評価がされています。

ところで、朝日新聞のウェブ記事*1において、意見書の全文が掲載されていました。この内容を読んだところ、法律家の意見書として非常に力強く、かつ、検察OBの矜持を各所に感じる名文だと感じました。私は検察官が100%正義であるとは思いませんが、それであっても、たとえば、検察官は「司法の前衛たる役割を担っている」とか、「正しいことが正しく行われる国家社会でなくてはならない」といった言葉には率直に感銘を受けました。

とはいえ、この意見書は、内容が格調高く、行間を読むことも必要になる文章で、一般の方からすると読みにくいきらいもあるかもしれません。そこで、以下に私なりにまとめてみました。これを参考にして、ロッキード事件にかかわった検察OBの矜持あふれる意見書全文を、ぜひ読んでいただきたいと思います。

 

主張1:東京高検検事長黒川氏の定年延長は法的根拠がない

その理由:

  1. 黒川氏の定年延長は検察庁法に基づいていない。法律に拠らずに行ったもので不当である。
  2. 内閣は、検察官にも国家公務員法が適用されるとして、国家公務員法に基づく定年延長を主張する。しかし、この主張は、以下の理由により、間違っている。
  • 検察庁法は、国家公務員法に優先する法律であり、定年については検察庁法に規定がある。したがって、国家公務員法の定年の規定が検察官に適用されることはない。なお、政府も従来このように解釈していたし、過去にはそれと違う運用がされたことは一度もない。
  • 検察官は、起訴の権限を独占しているし、捜査権を持っている。また、政財界も捜査の対象とする。その意味で、検察官は準司法官と言われ、司法の前衛の役割を担う。そのような特殊性から、検察庁法という検察官の身分を保障する特別法が定められ、検察官に一般の国家公務員とは異なる制度が用意されている。したがって、検察官に国家公務員法が適用されることはない。

 

主張2:本年2月14日の安倍総理がした国家公務員法が検察官にも適用されるとした解釈変更は不当である

その理由:

  1. これは内閣の解釈で法律の解釈運用を変更したものだが、国会の権限である法律改正の手続きを経ずに、このような解釈変更するのは危険である。本来なら国会での法改正によるべきである。
  2. このような解釈変更は、フランス絶対王政を確立したルイ14世の「私は国家である」という言葉を思い出させるような、越権行為である。
  3. ジョン・ロックは「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告しており、このような警告を念頭に置かなければならない。

 

主張3:仮に変更後の解釈が正しくても、黒川氏の定年延長をする法律上の要件が充たされていないので、定年延長は不当である

その理由:

  1. 仮に国家公務員法が検察官に適用されるとしても、定年延長には、余人をもって代えがたいというような理由が必要である。
  2. しかし、黒川氏でないと対応できないような事案があるとは思えない。引き合いに出されるゴーン被告逃亡事件であっても、黒川氏でないと対応できないとは考えられない。
  3. 余人をもって代えがたいというのは、新型コロナウイルスの流行を収束させるために必死に調査研究を続けている専門家チームのリーダーで後継者がすぐに見つからないような場合くらいではないか。

 

主張4:次長検事検事長の定年延長を可能にする法改正は検察人事への政治権力の介入であり不当である

法改正の内容:

  1. 今回の法改正で、次長検事検事長は、63歳の職務定年の年齢になっても、内閣が必要と考えれば、内閣の裁量で、1年以内の範囲で定年延長ができるとするものだ。

法改正が不当な理由:

  1. 政界と検察の間では、検察官の人事に政治は介入しないという確立した慣習があり、これは「検察を政治の影響から切り離すための知恵」とされている。しかし、以上の法改正は、この慣習を破るものである。その意図は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を抑えることにあると考えられる。
  2. 検察庁法は、もともと、組織の長に事故があったり、欠けたときに備えて臨時職務代行の制度を設けている。このことからすると、定年延長という制度は想定されていなかった。今回の法改正はこのような検察庁法の原理に反する。

 

主張5:今回の法改正がされると、検察は国民の期待に応えられなくなる

その理由:

  1. ロッキード事件が報道されたときに、東京高検検事長の神谷氏は「いまこの事件の疑惑解明に着手しなければ検察は今後20年間国民の信頼を失う」と述べ、ロッキード事件の方針が決定し、田中元首相の逮捕まで至った。
  2. このような展開になったのは、当時の政治家が、捜査への政治的介入に抑制的だったことにある。
  3. 検察の歴史の中では、捜査幹部が押収資料を改ざんするという恥ずべき事件もある。現役検事たちが、これがトラウマで育っていないのではないかという思い委もあるが、検察は強い権力を持つ組織として謙虚でなければならない。
  4. しかし、検察が委縮して人事権を政権に握られ、起訴・不起訴の決定までコントロールされるようになると、検察は国民の期待に応えられない。正しいことが正しく行われる国家社会でなくてはならない。

 

結論:

  1. 黒川氏の定年延長及びその後の法改正は検察の組織を弱体化して時の政権の意のままに動く組織に改編させようとするものであって、見過ごせない。内閣は法改正を潔く撤回すべきである。
  2. 撤回されないなら、与野党の境界を超えて多くの国会議員、法曹、心ある国民すべてが、法改正に断固反対の声を上げて阻止する行動に出ることを期待する。

 

意見とりまとめ者(清水勇男氏)の追記:

  1. この意見書は、本来は広く心ある元検察官多数に呼びかけて協議を重ねてまとめるべきであった。しかし、法改正の審議がされるという差し迫った状況下で、意見のとりまとめに当たる私は既に85歳の高齢に加えて疾病により身体の自由を大きく失っていることもあり、少数の親しい先輩と友人に呼び掛けて起案した。
  2. 更に広く呼びかければ賛同者も多く集まり、連名者も増えると思うが残念である。