「事務所選びの肝-10年戦士の観点から」のアップデート:生成AIの普及を踏まえて
2024年8月1日付で、「事務所選びの肝ー10年戦士の観点から」という記事を書きまして、一定のアクセスを頂きました。直近で久しぶりに読み返してみたところ、今の自分の感覚と少々ズレが既に生じていることが分かったので、少しアップデートしてみようと思います。
まず、前回の記事を要約すると以下の通りです。
- 私の経験に基づくと、事務所選びの重要な考慮要素になるのは、①仕事の幅、②成長速度、③勤務時間、④人間関係、⑤経済条件である。
- 企業法務を取り扱う法律事務所の類型は、五大法律事務所、準大手法律事務所、総合法律事務所、ブティック、外資系に分けられる。
- ①②⑤は類型によって違う。③④は事務所次第。①②は自分がどういう弁護士になるかにあたりかなり影響が大きい。
- 結局、どういう弁護士になりたいかによって、どの事務所に行くのがいいかは変わる。
その上で、結論は以下のようにしていました。
以上長々と書いてきましたが、色々書いてるけど結局結論は?と言われるかもしれません。結論は、あなたの自分の人生なので、上に書いたことや、他の人たちの意見も踏まえて、自分の目で見て、頭で考えて決めてくださいということです。抽象的には、「あなたがどういう弁護士になりたいかや、どういう人と働きたいかによるんじゃない?」ということです。
いったん五大法律事務所に行くのが正解ではないかと言われると、まあそうかなと思います。給料も高いですし、少なくとも若手時代は他事務所へ転職もしやすいですし、インハウスへの転職もしやすいでしょう。
一方、知財を極めたいなら、入って知財をやらせてもらえるか分からない五大法律事務所よりも、ブティックの方がいいと思いますし、それ以外の専門分野でやりたいことがある程度決まっているなら、それをやらせてくれる確率が高い準大手に行った方がいい可能性もあります。また、パートナーに拘りはないが高い給与水準で英語で仕事がしたいなら外資系はいい選択だと思います。また、幅広く案件を取り扱いたいなら、総合法律事務所や準大手法律事務所がいいでしょう。
まず、このうち要約については、今読んでも特に違和感はありません。あえて言えば、当時と変わったかなと思っているのは、経済条件を重視する傾向が強まったことと、五大法律事務所以外を見ずに選ぶ人が増えた印象があることくらいかと思います。
では、何にずれを感じたかですが、結論部分のうちの以下です。
「あなたがどういう弁護士になりたいかや、どういう人と働きたいかによるんじゃない?」ということです。
いったん五大法律事務所に行くのが正解ではないかと言われると、まあそうかなと思います。給料も高いですし、少なくとも若手時代は他事務所へ転職もしやすいですし、インハウスへの転職もしやすいでしょう。
前回の記事を書いてから1年半余り。Chat GPTやGeminiといった生成AIが猛威を振るっています。率直に言って、1年半前はここまでの進化は想定できていませんでした。その結果何が起きているかというと、以下の三つです。
- 生成AIで代替できる業務が消滅しつつある。日本の場合、労働者の解雇は難しいので、そこまでドラスティックな変動は起きていないが、今後じわじわ減っていくと思われる。
- クライアントも、生成AIを使うのが当たり前になりつつあり、何でもかんでも弁護士に相談することはなくなっている。そのため、弁護士の業務が、生成AIの検討結果のチェックや権威付け、生成AIではまだ検討できないことの相談、生成AIでは対応できない領域(たとえば訴訟の代理人)に限られつつある。
- 法律事務所や、個々の弁護士の中で、生成AIの存在を前提にして業務を行うべく、作業の組み直しが起きている。
私の業務で言えば、翻訳まわりや、法令・文書・契約書の内容の整理等は生成AIで相当部分が代替されつつあります。これにより、外国弁護士やアソシエイトの業務は減っています。また、これまでであれば複数名のアソシエイトに入ってもらっていた案件も、1名又は自分一人で対応できるようになる可能性を感じます。現時点では、後述する教育効果を考え、まだアソシエイト起用を減らすことはしていませんが、その気になれば可能であろうという感覚を持っています。
その上で、今後どういうことが起きてくるかの予想です。
- 日本の法律事務所でも、採用数を減らす・採り過ぎた弁護士を減らす動きが出てくる可能性がある。また、大手法律事務所にはスタッフも多くいるが、減らしていく動きが出る可能性がある。弁護士は業務委託なので、スタッフよりも減らしやすい。
- 最近の大手法律事務所(五大・準大手)は、マンパワーが必要な業務を行ってきているが、これらの業務は減少する可能性があり、法分野の売上構成が変わる可能性がある。
- インハウス弁護士はここ数年、以前に比して増加数が鈍化しているが*1、生成AIに業務が代替され、ニーズが減る可能性もある。
以上の現状認識と予想に立つと、仮に私が現在事務所訪問をしている学生であった場合、以下のような事務所を選ぶであろうと思います。
①生成AIの影響を考慮した今後の展開を考えている事務所。
②生成AIに代替されない業務の経験を積ませてもらえそうな事務所。
③若手の頃から専門分野を絞らない事務所。
なぜかというと、今後10年20年単位で見ていくと、生き残れる弁護士は一言で言えば生成AIより価値を出せる又は/及び生成AIができないことをできる弁護士になると思われるからです。言い換えると、生成AIが普及しても、所外では顧客に、所内では他の弁護士に選ばれる弁護士でなければ生き残れないでしょう。また、生成AIの利用が禁止されている事務所は、論外と考えたほうがいいと思います。
では、そのために何が必要か。まず、当たるも八卦・当たらぬも八卦とはいえ、経営陣が生成AIの影響を考えていない事務所は、将来が危ういと思います(①)。なお、これは企業法務に限ったことではなく、たとえばベリーベスト法律事務所の所内AI基盤を開発したというプレスを見る限り、いわゆる街弁の分野も相当程度同じことが当たると思います。
次に、事務所経営という観点からすると、売上は大きいが生成AIに代替されるであろう業務をどう扱うかというのは難しい論点です。しかし、アソシエイトからすると、そういう業務ばかりやらされるのでは、将来が見えにくくなってくるでしょう。したがって、生成AIに代替されない業務の経験を積ませてもらえることが、目の前の給料より遥かに大切です(②)。では、何が代替されなさそうなのかというのは、勿論私も分からないのですが、このあたりは、松尾剛行先生の「法律実務家のためのインプット・アウトプット術」の66頁以下を参照すると、今後の見通しの一つの可能性が示されており、参考になるでしょう。私も自分の専門分野のポートフォリオの中で代替されそうなものと、されなさそうなものを考え、ポートフォリオの見直しを定期的に検討しています。
最後に、ここが最も、アップデートが必要というか、意見が変わったところですが、若手の頃から専門分野を絞る事務所に入るのは避けたほうがいいのではないかという思い(③)が強くなりました。
というのが、上に書いたとおり、私は、弁護士の業務が、(i)生成AIの検討結果のチェックや権威付け、(ii)生成AIではまだ検討できないことの相談、(iii)生成AIでは対応できない領域(たとえば訴訟の代理人)に限られつつあると認識しています。
このうち(i)(ii)について、何とも言語化が難しいのですが、これらに対応するには、人間社会の常識というのか、法実務の経験に基づく肌感覚というのか、理論的正解がないところで決めていく力のようなものが必要になることが多くあります。たとえば、理論的な正解というのは、法務ではある程度幅があります。分かりやすく言えば、過失相殺の過失割合というのは、「だいたいX±1割くらいですかね…」というレベルの検討結果になりえますが、事案の正確に即してどのあたりで決めるのか・決めた場合に関係当事者を説得できるのか、というような問題です。これを身に着ける方法はいろいろあるのでしょうが、私の場合は、幅広く企業法務を経験し、書籍を読み、視野を広げる努力をしたことで少しずつ身についてきている感覚があります。専門特化した場合に(i)(ii)ができるようにならないとは思っていませんが、何となく幅が広い方が身に付く感覚があります。
次に、(iii)について、逆に言えば、特定の専門分野に絞って、そこが生成AIに代替されると途端に仕事がなくなります。現実には、途端に仕事がなくなるというよりも、所内で生成AIにより仕事が減り、それによって必要な弁護士数が減ることから、口減らしの対象になるというところかとは思いますが、どの事務所でも同時にこの現象が起きるとすると、転職も容易ではないでしょう。今までは、五大法律事務所からインハウスへというキャリアパスがありましたが、上に書いた通り、そのパスも狭まる可能性を感じます。
以上の観点からは、五大法律事務所は相対的に専門分野を絞るキャリアになることを踏まえると、「いったん五大法律事務所に行くのが正解ではないかと言われると、まあそうかなと思います。」という考えは既に持ちにくいように思え、複数の専門分野を持ちうる+場合によって専門分野を変更できる法律事務所の方がいいのではないかと思います。したがって、若手の頃は幅広く経験をさせてくれる法律事務所の方が、長い目で見たら弁護士として生き残れる可能性が高いと思われ、類型的には、五大法律事務所以外のほうが、このような傾向は強いでしょう。したがって、準大手や総合法律事務所を複数見て吟味する方がベターではないかと思います。
たとえば、私は五大法律事務所ではない法律事務所でキャリアをスタートしていますが、若手の頃は幅広く経験をすることができました。そのため、現在、いくつかの、そしてそれなりに違う専門分野を持つに至っています。そのため、上に書いた通り、専門分野のポートフォリオの組み換えや、場合によっては近接専門分野に手を出すこともできます。しかし、これが仮に専門分野が一つであれば、そうはいかないでしょう。
したがって、私の現在の結論は、以下の通りです(太字部分が変更部分)。
- 私の経験に基づくと、事務所選びの重要な考慮要素になるのは、①仕事の幅、②成長速度、③勤務時間、④人間関係、⑤経済条件である。加えて、現在では、⑥生成AIに取って代わられない業務を経験できるかどうかの重要性が高い。
- 企業法務を取り扱う法律事務所の類型は、五大法律事務所、準大手法律事務所、総合法律事務所、ブティック、外資系に分けられる。
- ①②⑤は類型によって違う。③④は事務所次第。①②は自分がどういう弁護士になるかにあたりかなり影響が大きい。⑥は、生成AIの影響を考慮していない・生成AIに代替されない業務の経験を積ませてもらえる事務所であるかどうかは、規模と直接かかわりがないので、インターン等で見極める必要があるが、類型的には準大手や総合法律事務所の方が幅広く扱える可能性がある。
- 結局、どういう弁護士になりたいかによって、どの事務所に行くのがいいかは変わる。ただし、⑥も踏まえると、生成AIに代替される業務の趨勢が見えないうちに専門特化するのは危険とも思え、この観点からは、相対的に準大手や総合法律事務所の方が生き残るスキルを身に着けられる可能性を感じられる*2。
終わりに、今後、法律事務所は採用数を絞っていくのではないかと思います。生成AIが進化すればするほど、必要なマンパワーは減るので、アソシエイトはストレートに言えば「いてもいなくてもいい」ということになりかねません。ただし、法律事務所の持続可能性の観点からは、後継者は絶えず輩出される必要があります。問題は、上に記載した(i)(ii)(iii)に対応できるようになるには、生成AIを使わず(完全に依存せず)に業務をする経験を積む必要がある可能性があることです。その意味では、法律事務所は、後継者育成のためには、生成AIに取って代わられる業務をわざわざ経験させるコスト、すなわち教育コストを負担する必要があります。生成AIがなかった時代は、これらの業務は誰かがやらなければならなかったので、必ずしも教育コストとは認識されていませんでしたが、今後は明確に教育コストとなっていくでしょう。この点は、足立先生の「AI時代の法務の新人教育」においてクリアに整理されており、私はまったく同意見です。
したがって、今後の法律事務所は、生成AIがある前提でも活躍できそうで、そのような教育コストを投下してもいいと思える若手を採用していくことになるのではないかと思います。
以上はあくまでも私個人の予想ではありますが、現在、弁護士としてのキャリアを考えておられる方にとり、少しでも参考になれば幸甚です。
*1:23年6月に3,184人、24年6月に3,391人、25年6月に3,596人。https://jila.jp/wp/wp-content/themes/jila/pdf/transition.pdf
*2:ここで言っているのは、個々の弁護士の生き残りの話であって、法律事務所の生き残りとは違う話です。私自身は、五大法律事務所は、事務所ごとに差があるとはいえ、既にAI方面への投資も行っており、海外展開も積極的に行っているので、盤石だと思っています。ただ、個々の弁護士、特にアソシエイトは法律事務所が生き残っても自分が生き残れないことも往々にしてあります。この記事でフォーカスしているのは、個々の弁護士の生き残りの話です。
弁護士として過ごした30代の回顧と教訓
40代になってしばらく経ったこともあり、自分の30代を振り返ろうと思います。弁護士に限らず、30代というのは、人間にとって節目というのか、勝負というのか、その後の人生の行方や振れ幅を規定する10年でしょう。自分自身、30代を形容すれば、五里霧中・無我夢中・七転八倒というところでした。
ところで、このブログは、なんと18年前、東大法科大学院の入試の前に書き始めています。以下が記念すべき最初の記事です。ちなみに、「オレンジ色」というのは、当時普及していたmixiのことです。
初日記。
趣旨としては、ひたすら勉強内容の無機質な記録に徹しようと思っております。
続くんですかね。まあ続けようと思ってもしょうがないので淡々と行きましょう。
それ以外のことは基本的にオレンジ色のほうでやろうと思います。
誰が見るのか知りませんが、基本的に勉強に関して何事も隠さず書いていく方針で。
果たして四ヵ月後東大の法科大学院に合格できるのか。期待はしぼんでいくばかり。
その意味で、このブログは、物心ついてからの私の人生の半分近くともにあり、私の記憶のアウトプット先でもあるわけです。とりわけ、弁護士になって以降、私の記憶力はほぼほぼ仕事で使いつくされており、大事なことすら覚えていられないのです。そうなると、30代が遠のく前に回顧しておくべきだろうと。こういった利己的な理由でこの記事を書き始めたのですが、一方で、私より若い方々にとり、少しでも役に立ち、苦労を分かち合えればと思うところもありますので、教訓めいたことも言語化しておこうと思います。
30代になる前の話-900万の借金からのスタート
さて、30代になる前から話は始まりますが、私が法律事務所の訪問(今で言う就職活動)をしていた2011年は、リーマンショック直後の買い手市場であり、面接に呼んでもらえただけで喜ぶような時代でした。そんな中何とか、縁あって大手企業法務事務所の内定を得ます。内定がもらえればどこでもよかったので、迷いなんてありません。初任給すら知らずに受諾します。
加えて、私は、司法修習は貸与制の初年度で、地方出身者で実家に余力があるわけではない以上借入は不可避。学生時代の奨学金も含めると、弁護士スタート時点で900万円の借入がありました。修習が終わろうとする2012年11月の自分のブログを見ると、以下のような記載があります。
つまり、私含めておそらく修習生の最大の悩みは、将来が以前に比べて見えにくいということだと思います。この結論が、二年前の記事に書いたのと全く同じというのが非常に残念なのですが…今の時点で私自身は、将来が見えようが見えまいが、この道を選んだ以上は努力して食っていくしかないと割り切り、或いは食っていけると信じています。
こんな状態ですから、とりあえず事務所に入って必死こいてやるしかないな、というところで、先行きが見えない状態で、当時の年収を超える借金を負った状態で私の弁護士人生はスタートしたのでした。
足腰を鍛えた20代の弁護士ライフ
2013年に入所してすぐは、とにかく周りの弁護士のレベルが高すぎて圧倒され、最初の3年間は目の前の仕事を少しでもやり遂げようということで必死でした。一年目を振り返った記事*1を見ると、以下のような所感があり、とにかく幅広い案件を頑張ってやっていたことが思い出されます。
都内の企業法務を主に扱っている中堅(?)事務所でなんとか一年やりきり、二年目に入りました。
知っているだけで同期数人が既に事務所を変えていることからすれば、ずいぶん恵まれているなあと実感しています。業務内容は、私個人は紛争寄りで、一年で40件程度の交渉・仮処分・訴訟を担当しました。内容は、やからとの交渉や債権回収から、裁判例が固まっていないややこしい分野の訴訟までとかなり幅広です。また、紛争以外にも、契約書レビューや企業の日常相談、デューディリジェンスを中心とするMA案件、コンプラ案件、再生案件等も担当しています。さらに、弁護士会の研修ではありますが、刑事事件も2件担当しました。そういう意味では、同期の中でも、多岐にわたる経験ができたほうなのではないかと思います。もちろん、裏を返せば、それは専門性の浅さにつながるのですが…
とにかく、この一年は、企業法務を扱う中堅事務所のよさである、幅広く色んな経験ができるというメリットを大きく享受できたのではないかというところです。
そこから3年間は、同じ次元で、とにかくいい仕事をしようということに全力でした。結果、3年間やった後の感想*2は以下のようになっています。
弁護士丸1年つとめた後の文章を今読み返すと、その後2年で新しく気付いたことは意外とないという感想です。案件処理や事務所におけるアソシエイトの位置づけについては、弁護士丸1年つとめた後と今で認識に差はありません。
一年目と大して差はない印象ですね。さて、とはいえ、それなりに充実したジェネラリストとしての経験を得て、私は30代に入ります。
教訓1:30代は自分で食えるようになるのが最優先-自分の足で立つ
30代に入った私を待ち受けていたのは、師と仰いでいた先輩弁護士との別れでした。今でも覚えていますが、自分が一定の年次になるまでついて行こうと思っていただけに、文字通り足元が崩れるような感覚を持ちました。ただ、この出来事は、それまで優等生的に努力していた私を大いに変えました。以来、「他人に期待しない・自分の足で立つ」を信条としました。そう、弁護士はどこまでいっても本質的には独立自営業者なのです。
その意味で、30代で最初に目指すべきは、「弁護士として食えるようになること」です。キャリアとか理想とか二の次です。ここで言う「食えるようになる」というのは、他人に評価される・起用してもらえるスキルを持つか、人間関係を構築するか(又はその両方か)です。分かりやすく言えば、事務所や顧客にとって替えが効きにくいと評価されるスキルを持つか、気に入られるかです。30代を終えて思いますが、この教訓だけは絶対的な真実であろうと思います。
今は企業法務業界も景気がいいのであまり意識することはないですが、景気が悪くなれば、食えない人間又は食えるようになる見込みがない人間から消えることになるというのが、即独・軒弁という言葉がリアルだった我々世代の感覚です。
教訓2:30代は後輩と仕事をするスキルを身に着けなければならない
教訓1を体得した後数年、私は担当している事務所の顧客の案件を開拓し、チームを作り、自分の顧客開拓も進め…と、それなりに調子よくやっていました。弁護士5年目では、案件の半分が希望通り国際法務となり、専門性も一つ二つは身についてきており*3、顧問契約を初めて獲得します。この顧問先様とは有り難いことに今も契約を頂いており、今でもその時のことを思い返せば、初心に帰れます。
次いで、弁護士7年目では、チームプレイが増えたからか、今と繋がるビジョンである「世界と戦える法律家チームを作る」を描き、そのために何をすればいいかというように考えるようになっています*4。その意味では、目の前の仕事をする以上の考えを持ち始めていたようです。
ただ、振り返ると、この時期の自分に明らかに足りないものを感じる点があります。当時の私は、年間3500~4000時間ペースで働くハードワーカーでした。そして、自分自身ができることを、他の人もできるものだと思い込み、自分にも他人にも厳しいタイプとなっていました。特に一緒に仕事をする後輩が自分と年齢が離れるにつれ、上手くいかないことが増えていきます。
その結果、いつ気付いたのか・いつ自分が変わったのかはっきりしませんが、この頃、後輩やスタッフに気持ちよく仕事をしてもらうにはどうしたらいいのかという発想を持ち、そのために自分をコントロールしなければと考えるようになったように思います*5。勿論、今それができているかというと別問題ですし、この種のスキルは時代によって求められるものが変わりますから、常に更新し続ける必要があります。
つまり、30代で学ぶべきこととして、後輩と上手く仕事をするスキル・心構えがあります。このあたりは、もともと上手な方と、私のように下手な人間といると思いますが、下手であっても身につけなければ、40代以降の自らの可能性を極めて限定してしまいます。では、私はどうしたかですが、まず、世の中にある啓発本を相当数読み、ある程度具体的な学びを得ました。いいと思った本はいくつかありますが、二冊紹介しておきます。
また、ある程度人生経験を積み、啓発本等で勉強をしたうえで読むといいのが中国古典です。特に孫子と三略をお勧めしておこうと思います。これらの書籍では、君主や将軍の心構えが述べられているところが多いですが、経験を積んでいれば、自分が後輩と仕事をするにあたりピンとくるものがあると思います。逆に、ピンとこないならまだ古典は早いということだと思います。孫子は経営者が兎角引用しがちな書ではありますが、他の武経七書と言われる古典に比しても相当秀でており、孫子の有名な個所だけ読めばいいのではないかとすら思えます。将軍の心構えとして私が好きなフレーズは以下です。特にニつ目の後半は、私の中では曽国藩の「四耐四不訣」と並んで座右の銘としています。
- 視卒如嬰児、故可与之赴深谿。視卒如愛子、故可与之俱死。厚而不能使、愛而不能令、乱而不能治、譬若驕子、不可用也
- 主不可以怒而興師、将不可以慍而致戦。合於利而動、不合於利而止。怒可以復喜、慍可以復悦、亡国不可以復存、死者不可以復生
いずれにせよ、一定の規模で勤務する弁護士が自分の能力を最大限発揮しようとすれば、後輩に助けてもらうことは必須です。その意味で、30代で後輩との仕事をするスキルを身につけなければ、その先はかなり苦しくなるでしょう。
教訓3:30代はライフイベントとの向き合い、時には決断しなければならない
同時期、子育てとの付き合い方の悩みが生まれます。勿論子育て自体の楽しみはありますが、はっきり言って仕事との関係では短期的にはマイナスしかありません*6。
ここで身に着けたのが、「子供は何物にも代えがたいのだから、家庭を極力優先する。それで出来ない仕事は諦めるべき」というある種の諦念でした。20代後半で社会人となるであろう大部分の弁護士の場合、ライフイベントは30代で起きることが多いでしょう。つまり、30代は、ライフイベントで仕事に割ける時間が減ることを前提にキャリア構築しておくべきであり、また、自分の中で人生の優先順位を決める時期が来ることを知っておく必要があります。私もそうですが、その時機までは仕事にフルパワーだった方ほど、ここで躓く可能性があります。優先順位を決め、そのためにどのキャリアが正解なのか考えるべきです。組織は、最近はライフプランに付き合ってくれるところも多いでしょうが、意思決定にまで責任は持ってくれません。気づいたら家庭かキャリアのどちらかが崩壊しているということにもなりかねません。
教訓4:挑戦のある職業人生を志向するなら、30代で挑戦をしておくべき
2020年に世界を新型コロナウイルス感染症を覆いつくします。それにより、当時海外の法律事務所での研修を具体的に進めていた私のキャリアプランは崩壊します。そこで、英語をできる渉外弁護士を目指していた私は、その時目の前に来た外資企業へのパートタイム出向のお誘いを引き受け、あまり英語ができないまま、外資企業へ飛び込み、1年間を過ごします。その時点で私は既に8年目で仕事も忙しく、今と異なり機械翻訳も普及していない時代でしたから、イチから英語の仕事をやり始めるのは非常に辛かったです。今でも、読みなれない数十ページの英文約款を朝までレビューしていた当時のことを思い出すと気持ちが悪くなります。しかし、そこには、グローバルという表現をするのが恥ずかしくなるぐらいグローバルが当たり前な環境があり、英語で日本法を説明することを避けられない職務と、外部の法律事務所に発注するという私の法務責任者の立場があり、外資企業で逞しく生き抜く同僚がいました。その結果、私の視野はだいぶ広がったように思います。30代後半にして、よくこんな挑戦ができたものだなと今になると思います。
ところで、これまでの弁護士人生を振り返ると、私は、3年に1回程度新しいことに挑戦しています。具体的には、チャイナ、ベンチャー、英語(と英語を使う案件)、台湾ですが、振り返るとこれは非常に有益でした。結果がまだ見えない台湾を除けば、いずれもそこそこ上手くいっているような気がします*7。ではなぜそうなったかですが、結局チャイナという挑戦があったからです。チャイナへの挑戦は、3年目から始めていますが、当時の経験も知見も浅い中で、自分なりに営業戦略を考え、仲間とともにその戦略を実行しました。当時はPDSAという言葉も知らなかったと思いますが、自然とPDSAを実行しました。
チャイナに挑戦したころは、とにかく目の前のToDoをよくやることに必死でした。しかし、ベンチャーに挑戦したころは、チャイナで学んだことを活かすことができ、その後も同様です。ベンチャーに挑戦していた際に、「ああ、これチャイナ案件開拓するときにやったな…」と思ったことを今も覚えています。言語化しにくいのですが、新しい挑戦をするときは、色んなリソースが必要になるところ、それをどうやったら集められるか・効率化できるかといったことを体得したのだろうと思います。
私の場合、諸事情あり、このような挑戦を30歳から始めたわけですが、多くの方は30代の半ば頃そういう場面に出くわすでしょう。そこで大事なのは、キャリアは取捨選択であるという諦念です。30代半ばであれば、日々の仕事が忙しいことや、ライフイベントにより仕事に時間が割けなくなるのは当たり前です。そこで何か-それは事務所内の一部の人間関係かもしれませんし、特定の専門分野かもしれませんが-を切り捨て、挑戦しなきえれば、いつまでも挑戦の仕方を身に着けられません。30代で挑戦できない人は、40代で挑戦できないか、又は、挑戦しようと思っても他の理由で挑戦ができなくなるでしょう。30代というのは、人生において無謀なことができる最後の時代だと思って、挑戦をすべきでしょう。
教訓5:30代の終わりには、自省能力を高め、人間関係を再構築する必要がある
そんなこんなで、私は9年目にパートナーになります*8。パートナーになったときに感じたこととしては、自分が事務所で一定の権力を持つ立場になった(なってしまった)ということでした。私の事務所は、他の事務所に比べるとパートナーの力が弱いような気はしますが、それでも、私のアソシエイト時代を知らない後輩弁護士やスタッフからすると、30代であっても「大先生」に見えるわけです。忘年会なんかでは、「大先生にお声掛けされてしまった…」というリアクションをされることもザラです。
ここで思うのは二つ。一つは、自己批判・自省の重要性です。最早誰も自分を批判してくれないと思って、常に自省をすること。そして、先輩である立場にあることに自覚的であることです。
もう一つは、自分に意見してくれる人を大事にすることです。法律事務所の構造上仕方がないことですが、同期は入所時より遥か減っていますし、利害関係が相対的に少なく、古くから自分を知る期が近い方や、ごく稀にいる自分に意見をしてくれる後輩は大切にしなければなりません。また、後輩から意見をしてもらえるよう、人間関係の構築や、心理的安全性を担保する必要があります。つまり、30代も後半となると、後輩との関係がさらに遠くなることから、それを自覚し、言動を改め、その意味で人間関係を再構築しなければなりません。
終わりに:今後のビジョン
世の中のパートナー弁護士、特に若手は、多くの場合、パートナーとしての売上責任を果たすべく自分の案件獲得・処理に奔走します。私もその点は概ね同様でしたが、同時に私が自分に課した課題は、事務所のマネジメントも本気でやることでした。マネジメント負荷が増えると、案件対応や獲得に割ける時間が減りますので、あまり負いたくないというのが多くの若手パートナーの本音でしょう。ただ、私の場合は、経験上組織が瓦解すると自分も困ることや、組織がよくなれば、自分一人が伸びるよりも大きな伸びを実現できることが明白と確信していましたので、早い段階からマネジメントに取り組みました。言い換えれば、マネジメントを本気でやりながら、売上責任を果たすことを目指しました。
この辺りは現在進行形の話もあるので、詳細は伏せますが、自分が目指すところは、「世界と戦える法律家チームを作る」にあるので、「自分だけ食えればいい」という考え方には与せないわけです。そもそも、そのような考え方に立つなら、とうに独立しているか、経費負担が低い事務所に移籍しているでしょう。したがって、当分は、マネジメントを本気でやりながら売上責任も果たすということを目標にしていきたいと思います。
また、あと数年でマネジメントの目処がつけば、それに割く時間を案件処理・獲得に割り当てられ、伸びしろになるであろうと考えています。少し先ではありますが、その時のために、自分なりの仕込みも始めています。40代になっても、挑戦は続けなければならないのです。何のために挑戦するか、まずは家族を養うため、次にチームを維持するため、そして事務所を維持するため、ひいては社会に何らか役に立てばいいからでしょう。同時に、自分の中で、十数年弁護士をやってきて、新たな地平が見えた瞬間というのが何度かありましたので、あわよくば今後もそういったものを見たいという思いもあります。
このあたりは、40代の振り返りなり、弁護士15年目の感想なりで書ければと思います。
おまけ:紹介できなかった書籍
30代を振り返ると、日々忙しく、余り書籍は読んでいないのですが、その中でも、挑戦を志す方にとって有益と思える書籍(組織論・リーダーシップ論関係)を紹介します。
10年くらい前に読んで、感銘を受けた一冊。
アンチョコ本の雰囲気の割に、物凄く勉強になった一冊。出向を経た後に読み、特に企業文化の重要性については頭の整理となった。
組織が合理的判断をした結果間違うことを示す一冊。組織論においては白眉。「失敗の本質」と似ているように見えるが、全く異なり、こちらの方が遥かに役に立つと思う。
中国古典で組織論を学ぶ一冊とすればこれ。孫子や三略といった兵書は、その大部分が当時の戦争マニュアルで、読んでも面白くない・意味が分からないところが多いが、貞観政要はそういう部分が少ない上に、読み物として面白い。
*1:弁護士を1年やっていてわかったこと - 実験農場-Life is Joke-
*2:弁護士を3年やってわかったこと - 実験農場-Life is Joke-
*3:弁護士5年目の所感 - 実験農場-Life is Joke-
*4:弁護士7年目の所感 - 実験農場-Life is Joke-
*5:私は他人の気持ちを想像するのが昔から苦手で、40歳手前になって、自分が発達障害(ASD)を持っているのではと疑うようになりますが、当時はそういう自己分析も出てきていませんでした。
*6:長期的には、人格の陶冶によるプラスが大きいような気はしますが、まだよく分かりません。
*7:ちなみに、他にも挑戦して上手くいかなかったもの・まだ上手くいったと思えないものもありますが、かっこ悪いのでここには書きません。
いま世界で起きている事象について(2)
数年前に、ウクライナについて同様のタイトルで記事を書いたのだが、首相の交代後、想像もできないほどのスピードで、わが国についても他人ごとではないような状況が生じつつある。今後、どういうことが起きるか想像したくないというか、想像してしまうところがあるので、あえてこの記事を書く。
趣味で多少日本の歴史を勉強している身からすると、戦争というのは、後から見たら・または神の目に近い視点から見たら合理的でない理由から生じることがあるということが分かる。
一方、長きにわたった「戦後」が終わる可能性が徐々に高まっている現代を、いわば歴史の真っただ中を生きている私は、そういった視点を持てないものの、成程歴史はこうやって繰り返すのだなと体感する。したがって、ここに体感するところを備忘として記す。
①過去の歴史の不勉強、または、戦争の悲惨さの忘却は、戦争のリスクを軽視することに繋がる。否、軽視というより、意識できなくすると言った方が正しいかもしれない。先の戦争で得た市井の教訓として、威勢のいいことを言う者は、いざことが起きると責任を取らないとか、本格的な戦争になると被害に遭うのは一般市民であるということは、戦後が80年続き忘れられている。私自身がそれを忘れていないのは、それなりに最後の戦争に関心を持って書籍を読んでいることや、またはウクライナやガザで起きていることを定期的に見ていることによる。かといって、私自身、専門家ではもちろんなく、また、勉強家だとも思っていないのだが、どうやら私以上に勉強していない人が世の中には大量にいるようである。過去の人間の経験知見に対する尊敬が失われている。
②声が大きい者が跋扈し、良識派は口を噤む。現状、切り口はともかく、ポピュリズムに流れる政党が複数存在し、分かりやすく・極端な主張によって支持を集めようとしている。また、SNSの英雄たちは、過激な言動によってカウントを稼ぐ。極端な主張や過激な言動が正しいことはあまり多くないというのは、それなりに人生を積み重ねれば分かることではあるが、不勉強と重なってであろうか、又は生活苦の鬱憤を抱えているゆえだろうか、受け入れる人は増えている。それに対して正面から戦う良識派は少ない。たとえば学者のような良識派は、タフさは持っているものの、ズレすぎている主張と戦うことはできない。加えて、良識派に属する一般市民からすると、そういった者と戦うコストを負う理由はなく、ただただ関わり合いを避けるという判断をする。
③SNSの台頭により、とにかく目を引くことが重要という価値観が抬頭することで、過激な主張や言動を意図的にする者が増えた。端的に言えば、SNS全盛時代においては、過激な方が目を引き、金になるので、意図的にそういうことをシノギとする者が増えたということである。問題は、そういう者の主張を鵜呑みにし、言動を支持する者である。エコチェンバー現象により、そのような者は信者となっていく。教えが真っ当であれば信者となることは問題ないのであろうが、そうではない。
④政治家の不見識。今回ばかりは不見識というほかない。器が足りぬ者が首班となり、それを実現した老人たちは、歴史において、日本全体の国益よりも、党内のパワーを優先したと評価されるであろう。私は、政治的闘争を否定しないし、むしろ政治的闘争を経ない権力は偽物だと考えている。一方、政治的闘争は、組織の目指すべき利益を実現するためにあるのであって、政治的勝者となること自体に意味があるわけではない。つまり、政治的勝者となることが、その者が行うことを正統化するものの、その者に能力が足りぬなら、本来勝利すべきではない。今回は、本来勝利すべきでない者が勝利したとしか思えない。そして、器が足りぬなら周囲が補佐すべきところ、全くその様子が見えない。理由は分からないが、本人の問題なのか、周囲の問題なのか、いずれにせよそのような人物を選んだのが不見識である。
⑤国外の政治的要因。我が国は歴史的に見て長らく中華帝国の影響を受け続け、支配こそされていないものの、関係を維持することに苦心してきている。戦後80年間そうなっていないのは偶々である。そして、そうできた要因はただただシンプルに、中華帝国より強い同盟国がいるからである。シーレーンを封鎖しようとしても、それを明らかに妨害できる同盟国がいるからである。仮に同盟国がそう動かないとしたら、又は、中華帝国がそう動かないであろうと思ったらどうなるか。
あまり好きな言葉ではないが、現在の日本社会は完全に底が抜けたという感が強い。我が国は、小国ではないが、大国でもない。歴史的に見ても、外交が得意というわけでもなく、海と時たま発揮される蛮勇によって生き抜いてきており、外部要因が重なって、80年の繁栄を享受してきた。周辺国がうまく立ち回る中で、80年のプライドにしがみついている場合ではない。数十年に一度の大激変の中、このような首班となったのは不幸というほかないが、何も力を有しない一市民としては、何事も起きぬことを祈るだけである。
法律事務所の「個人事件」について
Xでとある弁護士の投稿を機に話題になった、弁護士の「個人事件」について少し言及したいと思います。まず、個人事件とは、事務所の繋がりとは関係なく、アソシエイトが個人で受任した案件のことを言います。事務所の既存顧客から自分に依頼があったとしても、個人事件とはならないのが通常です。
さて、多くの場合アソシエイト(イソ弁)はサラリーマン(労働者)ではなく業務受託者ですので、このような受任をし、売上を自分で得ることはできます。アソシエイトから見たメリットは以下の通りです。
- 売上によって、事務所からもらう業務委託料に加えて収入を増やすことができる。
- 事務所の先輩等のサポートなく事件処理をすることで、事務所案件では積めない経験をできる可能性がある。
- 自分で顧客開拓をすることで、将来独立し、又は独立しないにせよパートナーとして必要な売上の助けとすることができる。
一方、アソシエイトに業務委託をしている法律事務所側から見ると、以下の問題があります。
- 事務所の仕事をやってもらおうと思って業務委託をし、業務委託料を払っているのに、全然事務所の仕事をやってもらえないのでは、業務委託料の無駄である。
- 事務所の案件で経験を積んでもらいたいのに、個人事件に集中されると、事務所案件処理に必要なスキルが身に付かない。
- 自分で顧客開拓をされると、事務所に残ってもらえない可能性が高くなる。
そのため、事務所側は、①個人事件の売上の一部を事務所に経費として納入する義務を課すとか、②個人事件も全て事務所の事件とし、一部ボーナス等で還元するとか、③個人事件は一律受任禁止ととするとかいったルールを課すことがほとんどです。
ただし、「3」については、大規模事務所の場合あまり考えていない印象があります。そもそも営業をガンガンやって顧客を獲得するタイプは、所属する事務所を嫌いになったり、売上分配に不満があればすぐに出ていくので、あまり考えても仕方ないですし、大規模事務所のパートナーで必要な売上というのは、個人事件で満たすのは容易ではないのが通常だからではないかと思います。
論点としては基本的に以上で完結しているはずで、あとは、アソシエイトや、事務所が、それぞれの論点をどう考えるかだけの話です。この論点に関しては、一部の弁護士がポジショントークをしがちな傾向を感じますが、それはそれぞれの立場が違うからではないかと思います。
すなわち、大規模事務所であれば、どんどん会社化しており、専門分化もしているので、本音では個人事件なんてやって欲しくないと思っているでしょう。特に最近は、アソシエイトを大量投入して多量の作業を行い、タイムチャージで請求するという案件が流行っているようなので、個人事件をするくらいなら、そういう案件をやってくれた方が事務所にとって経済的にプラスです。一方、町弁をはじめとする伝統的な法律事務所では、売上は自分で(も)作るものという思いが相対的に強いので、個人事件を禁止するということはありえないと思います。
翻ってアソシエイト側から見たときに、一点だけ分かっておくべきことは、個人事件を禁止されるということは、事務所事件のみで腕を磨かねばらなず、パートナーになるにも、事務所事件を先輩からアサインしてもらうしか道がないということです。つまり、顧客を持っている先輩の評価で、事務所に残れるかどうかが決まることになるでしょう。また、事務所に残れないとなったとしても、自分の顧客は持っていないので、独立は相当難しいでしょう。大規模事務所から独立する弁護士が少ないのはその辺りが理由ではないかと思います。
なお、私自身は、個人事件推奨派です。アソシエイトが事務所に残るかどうかは、人間関係や働く環境、やりたい案件ができるかどうか等によって決まると考えており、個人で顧客開拓をしたからといって直ちに独立するとは思わないからです。また、個人事件を扱うことで責任感やスキル、自信が身に付くので、積極的に経験していいと思います。加えて、自分の顧客を持っていれば、事務所に追い出されても食っていけるという意味でセーフティネットであり、精神安定剤にもなります。
ただし、事務所に残るつもりなら、将来その事務所のパートナーになった際に引き続き扱うことが想定できるような個人事件を扱うのが望ましいと考えています。たとえば、企業法務しか扱っていない事務所で、個人事件で一般民事を大量に受任していたら、事務所には残れないでしょうし、または事務所から残る気がないと思われても仕方ないでしょう。
最後に、今回の発端となった投稿で、「○○弁護士の顧客」というのに違和感を持つという趣旨がありました。私はこれにたいへんな違和感を持ちました。その理由を考えてみたときに、私自身は、弁護士は自営業者であり、自分の腕で顧客の信頼を勝ち得るものだという価値観に強い思い入れがあることが分かりました。はじめて自分が顧問契約を頂戴したときの誇らしい気持ちと責任感、「○○は××先生のお客さん」という言葉に含まれる敬意、そして、新規の顧客獲得というのが簡単ではないことを考えると、「誰々の顧客」という概念は、弁護士にとり精神的・文化的にとても重要なものではないかと思います。勿論、そうは思わない弁護士がいても構いませんが、そういった方々は、既に私とは異なる価値観で仕事をされているのだろうと思ったところでした。
事務所選びの肝-10年戦士の観点から
■はじめに
X(Twitter)で、予備試験に合格したのに四大法律事務所に入れなかったという投稿が話題になったのをきっかけに、色々な意見が飛び交っています。そこで、気づいたら実務経験が10数年、五大(四大)法律事務所ではない、企業法務を扱うそれなりの規模の法律事務所でパートナーを務める自分の意見を少し書いてみようと思います。正解がある話ではありませんが、現在事務所選び中の方々の参考になれば幸いです。
■事務所選びの要素(ポイント)
この十数年を振り返ってみたとき、事務所選びの要素になるものは、色々思いつきます。しかし、いくつかに絞るなら、①仕事の幅、②成長速度、③勤務時間、④人間関係、⑤経済条件でしょうか。それぞれ以下のような意味です。
- ①仕事の幅:入所して自分が現実に取り扱う仕事の幅という意味です。「現実に」というのは、入所した後実際に取り扱える(自分の部門で扱う)仕事の幅という意味です。理論的には、規模が大きい事務所ほど仕事の幅は広がると思われますが、実際に自分がそのすべてのジャンルに関与するのは無理なので、理論的な幅を考えてもあまり意味がないというニュアンスです。
- ②成長速度:私は、弁護士のスキルには、目の前の仕事をするためのスキルと、仕事を取ってくるスキル(営業能力)があると考えています。また、前者には、書面作成・説明能力等の汎用的なものと、専門分野に関する知見経験等の専門的なものがあると考えています。これらのスキルの成長速度という意味です。
- ③勤務時間:弁護士として働く時間です。ライフイベント発生時の仕事の調整のしやすさも含みます。
- ④人間関係:事務所内、特に自分が一緒に仕事をするであろう人たち(弁護士に限らない)の人間関係です。
- ⑤経済条件:アソシエイト時代の事務所から支払われる金銭等です。
他に、考慮要素になりそうな気もするけれども入れなかったものについて少し説明しておきます。
- 事務所のブランド力:「有名な○○法律事務所の弁護士である」という事実自体に強い満足を感じる方にとっては重要かもしれませんが、アソシエイトにとってはブランド力はほぼ関係ないので入れていません。なお、パートナーになった後はそれなりに重要です。
- リクルーターの印象:各事務所がその事務所の顔にふさわしいと思っているのがリクルーターのはずですので、重要ではありますが、事務所規模が大きい場合は、リクルーターと一緒に仕事をできる保証はありません。むしろ大事なのは、一緒に仕事をするであろう人たちであり、④です。
- 事務所の物理的な綺麗さ:入って1か月もすると見慣れるので、重要性は低いです。ただ、門構え等が自分の美的意識に余りに合わないとか、執務室の環境が自分が気持ちよく働けないレベルで違和感があるような場合は、自分とマッチしない事務所の可能性もあるように思います。
- パートナーになれる確率:昔は、パートナー弁護士になるのが弁護士の目標という時代もあったと思いますが、最早そういう時代ではないので外しています。
■企業法務を取り扱う法律事務所の類型
企業法務を取り扱う法律事務所の類型を、無理やり分けると以下のようになろうかと思います。異論はあると思いますが、よっぽど転職を繰り返した弁護士以外、せいぜい以下のような類型レベルでしかコメントはできないと思うので、とりあえずこの区分けでいいかなと思います。
- 五大法律事務所:弁護士400人以上
- 準大手法律事務所:弁護士80人から200人
- 総合法律事務所:弁護士30人から80人
- ブティック:知財、倒産、独禁法等特定の法分野を売りにしており、その法分野で著名な弁護士がいる法律事務所
- 外資系:日本資本ではない法律事務所。意外と定義がしにくいのですが、外国法弁護士のパートナーが、全パートナーの数割を占めていて、クライアントの大部分が外国企業やその子会社である事務所というイメージです。
なお、上の類型に入らない概念として「関西系」という概念もあると思いますが、おそらく準大手法律事務所や総合法律事務所の概念に吸収されると思いますので、上の類型には入れていません。
では、以上を前提に、主に五大法律事務所・準大手法律事務所・総合法律事務所について、①から⑤はどうなのか、というのを見ていきたいと思います。
■①仕事の幅:五大が狭く、総合法律事務所が広い
①仕事の幅について、通常は、総合法律事務所≧準大手法律事務所>>五大法律事務所であろうと思います。分かりやすく言えば、準大手や総合法律事務所のプロパーで訴訟を経験していない弁護士はいないと思いますが、五大法律事務所にはいると思います。真偽は定かではないですが、関西系の法律事務所は、仕事の幅が広いと言われ、事務所によっては一般民事も扱っているとも言います。
五大法律事務所に勤務していない私から見ると、五大法律事務所と、準大手・総合法律事務所は最早別世界というくらい違います。10年経験者を比べると、それなりにゼネラルに企業法務を扱っている我々と、特定の分野についてはとても詳しいスペシャリティを持っている方々というくらい違うように見えます。
あくまでもたとえ話ですが、私の好きなパワプロでいうと、総合法律事務所で修行すると、能力がオールCからDの選手が出来上がり、準大手法律事務所はBからEが混在する選手が出来上がり、五大法律事務所と、一つ二つの能力がAやBになり、それ以外Fの選手が出来上がるようなイメージです。総合法律事務所は「内外野守れて走攻守に優れたユーティリティプレイヤー」、準大手法律事務所は「打率・打点を稼ぐ中距離打者で、盗塁もできるが守備は下手」、五大法律事務所は「本塁打王も狙える長距離打者だが、守備や走塁は下手」とか「守備職人だが打撃は下手」みたいなイメージです。
このたとえ話からも分かる通り、幅が広い方がいいのか狭い方がいいのかは、自分の目指す将来像次第です。特定の分野を深堀りしていきたいなら、五大法律事務所のその分野を扱う部門に入るか、その分野を扱うブティックに行くのがベストです。一方、企業法務を幅広く見たいのなら、五大法律事務所は正解ではないような気がします。
■②成長速度
②成長速度について、上に述べた通り、弁護士のスキルには、目の前の仕事をするためのスキルと、仕事を取ってくるスキル(営業能力)があると考えています。このうち、前者については、成長=労働時間×吸収度だと考えています。そのため、どの事務所類型であっても、最初の一、二年は、沢山働くほど成長すると思います。違いがあるとしたら、以下の要素でしょうか。
- 仕事の幅:幅が広い方が、特定の分野に詳しくなる速度が下がり、幅が狭い方が、その分野については成長が早いです。ただし、特定の分野ばかり扱っていると伸びしろは無くなります。そのため、10年弁護士として働いた場合に、幅が広いと分野ABCのスキルレベルがそれぞれ7になるが、幅が狭いと分野Aについてスキルレベル15で、BCはレベル1のようなイメージです。
- クライアントと接する機会があるか:クライアントと直接連絡したり、会議で話したりできると、仕事に対する緊張感が高まり、特に若手の頃は著しく成長することができます。取り扱う案件のレベルが高いほどクライアントと接する機会は限られるのが通常ですが、一年目からそういう機会があるのが望ましいと思います。
- 先輩の背中を見られるか:自分が将来弁護士としてどういう動きをしなければならないかということを学ぶには、先輩の背中、たとえば打合せや、訴訟期日、マネージメントインタビュー等の場面に参加できることが重要です。大事な場面に全く参加させてもらえないと成長しにくいように思います。
- 先輩の指導があるか:最近Xで、「指導」について話題になっていましたが、弁護士業界は伝統的に丁寧な指導はしないと思っておいた方が無難です。とはいえ、自分の成果物に対して先輩が何らかの形でフィードバック(赤入れ、メールでの助言等)を得られる方が望ましいです。
一方、仕事を取ってくるスキル(営業能力)については、傾向としては、規模が小さい事務所の方が高まるのであろうと思います。というのが、五大法律事務所のアソシエイトはもちろん、パートナーであっても、多くの場合事務所の既存クライアントの仕事をしている傾向が強いので、営業能力を磨く必要も場面もないからです。一方、規模が小さい事務所は、自分の食い扶持は自分で確保するという弁護士の原則が生きている傾向が強いので、必然的にスキルを鍛えざるを得なくなります。弁護士になる前の方からすると、このスキルはピンとこないと思いますが、インハウスに興味がなく、プロフェッショナルファームで一本立ちしたい方にとっては、非常に重要なスキルです。
■③勤務時間
③勤務時間について、五大法律事務所の方が、それ以外より長いとよく言われます。印象としては、傾向としてはそうかもしれないが、五大法律事務所の一部の方々が(私から見ると)信じられないくらいハードワークをしており、その噂が独り歩きしているのではないかという印象はあります。また、五大法律事務所の一部は、最近では、ワークライフバランスを重視する傾向が強い若手の負担を軽くして、ぎりぎり昭和カルチャーに属する若手パートナーの負担を増やしているという話も聞きますので、若手アソシエイトにとっては五大法律事務所の方が忙しいとも言えないように思います。したがって、この点は、類型というより、個々の事務所次第でしょう。
また、多くの方にとって、事務所選びの時点ではリアリティをもって想像できないと思いますが、ライフイベントが生じた際にどこまで柔軟に働けるかというのも重要です。今は性別を問わず子育てに参画する時代ですが、事務所内でパワーを持っているのは、そうでない弁護士であることも多いです。加えて、労基法が存在しない弁護士業界では、長時間働ける弁護士の方が評価されがちです。そのため、ウェブサイトに美辞麗句があっても実態は違うとか、本音ではライフイベントを重視する人は不要と考えている事務所もあると思います。
したがって、この点に関心があるなら、実際に子育て世代がどのように働いているかを具体的に聞いたほうがいいでしょう。テレワークができるかどうかも大きなポイントでしょう。この辺りについてリクルート担当者が抽象的な説明しかしない場合は、「実際皆さんどうしてるんでしょうか」と突っ込んで聞いてみたらいいと思います。「仕事と育児の両立」という言葉を最近よく聞きますが、実際は両立なんて無理で、育児が優先といいますか、優先せざるを得ません。子供が泣いたり騒いだりする可能性があるならWeb会議はできませんし、熱を出したら予定があろうが保育園に迎えに行き、又は仕事を休む必要があります。事務所勤務でもインハウスでも、育児をしながら仕事をするのは大変なのです。そういった本当の所を話してくれる事務所はいい事務所ではないかと思います。
なお、私個人の意見としては、弁護士は、基本的に職人であり、スキルを早く身に着けた者勝ちですので、ライフイベント(結婚、出産、育児等)が少ない傾向のある若手のうちにハードワークをしたほうがいいと思います。私自身、シニアアソシエイトになった頃からライフイベントが増えましたが、それまでにハードワークをしていたので、何とか乗り切れています。それは昭和過ぎる発想と言われればそれまでですが、スキルは一生モノですし、弁護士は年次が上がるほど所内の評価が厳しくなっていくので、失敗が許容されやすい若手のうちにハードワークするのが正解だと思っています。
■④人間関係
④人間関係について、これはかなり重要です。弁護士事務所の場合、パートナー同士、パートナーとアソシエイト、弁護士とスタッフ(事務局、パラリーガル等)の関係が想定されますが、これが悪いと、仕事に著しく悪影響が出ます。事務所選びの段階でこれを見抜くのは容易ではないですが、最も見抜けるのはサマークラーク等で事務所の中に入るときでしょう。リクルート担当弁護士から見抜くのは無理なので、所内のリクルート担当でない弁護士同士や、弁護士とスタッフの会話等を見て見抜きましょう。サマークラーク等の機会がないなら、面接の際の参加弁護士同士の会話等から見抜くことができるかもしれません。あえて若手パートナーやアソシエイトに指名で質問をする等して、シニアパートナーの前でどういう発言をするかを見てみるのもあり得る手法です。
残念ながら弁護士業界には、いまだに人格的に問題がある・ハラスメント傾向がある(が異常に仕事ができる/異常に長時間労働ができる/異常に案件を獲得できる)方が一定程度います。事務所としては、トータルで見るとそういう人がいた方が経営的にはプラスになる可能性があるので、追い出されずに済んでいることがあるのですが、その下で働くアソシエイトにとっては災厄以外の何物でもありません。特に、ネーミングパートナーや、少数のパートナーが強い力を持っている事務所において、そのパートナーの人格に問題がある場合は最悪です。
また、アソシエイト同士の関係がぎくしゃくしている事務所もあります。そういう事務所だと、先輩の背中を見たり、指導を受けたりすることができない可能性があり、成長速度が下がります。アソシエイトにとって、パートナー同士が仲が悪いのは、実はそう問題ではないのですが、アソシエイト同士が仲が悪いのはデメリットが大きいです。
なるべくそういった事務所は避けたいところですが、残念ながら、事務所選びの段階で見抜くのは難しいと思います。また、事務所規模が大きくなればなるほど、誰と一緒に働くことになるか分からないため、このリスクは大きくなります。たとえば、五大法律事務所であれば、リクルートで接した弁護士とその後一度も一緒に働かない可能性すらあります。しかし、逆に言うと、事務所規模が小さいほど、目の前にいるリクルートで接した弁護士と働くことになる可能性が高くなるので、その弁護士との相性が重要になります。
■⑤経済条件
一般的には、五大法律事務所≧外資系法律事務所>準大手法律事務所≧総合法律事務所ではないかと思います。また、アソシエイトの給与自体の差だけでなく、留学支援の有無というのも経済条件に含まれるでしょう。なお、外資系は、アワリーレートが日系より高いので、給料は五大より高いこともあります。
私も、経済条件は重要だと思いますが、10年余りやって来て思ったこととしては、本当に経済条件を重視するなら、パートナーになるのを目指すべきでしょう。パートナー(エクイティパートナー)は殆どの事務所で歩合ですので、ホームランを打てば、10年程度のアソシエイト時代の給与の差は誤差のようなものです。最近、アソシエイト時代の給与差が喧伝されがちですが、かなり短期的な利益に目が行った議論であるように思います。
なお、これはもう極めて昭和な意見でしょうが、お金を沢山稼ぎたいなら弁護士はあまり勧めません。時給換算するとたいして稼げませんし、資産運用で稼ぐ前提なら弁護士である必要はありません。おそらく最も稼げるのは五大法律事務所の稼ぎ頭のパートナーや、外資系法律事務所のトップパートナーのほか、オーナー系事務所のオーナー弁護士だと思いますが、そうなれる確率は相当低いです。弁護士というのは、職人としていい仕事をして、クライアントの役に立って、ひいては社会一般からするとそれなりにお金がもらえる仕事と思っていた方がいいように思います。
■まとめ
以上長々と書いてきましたが、色々書いてるけど結局結論は?と言われるかもしれません。結論は、あなたの自分の人生なので、上に書いたことや、他の人たちの意見も踏まえて、自分の目で見て、頭で考えて決めてくださいということです。抽象的には、「あなたがどういう弁護士になりたいかや、どういう人と働きたいかによるんじゃない?」ということです。
いったん五大法律事務所に行くのが正解ではないかと言われると、まあそうかなと思います。給料も高いですし、少なくとも若手時代は他事務所へ転職もしやすいですし、インハウスへの転職もしやすいでしょう。
一方、知財を極めたいなら、入って知財をやらせてもらえるか分からない五大法律事務所よりも、ブティックやの方がいいと思いますし、それ以外の専門分野でやりたいことがある程度決まっているなら、それをやらせてくれる確率が高い準大手に行った方がいい可能性もあります。また、パートナーに拘りはないが高い給与水準で英語で仕事がしたいなら外資系はいい選択だと思います。また、幅広く案件を取り扱いたいなら、総合法律事務所や準大手法律事務所がいいでしょう。
司法試験を受けるまでと違って、弁護士としての道の選択は、自己責任かつ正解のない世界です。10年戦士の私もまだまだこの業界では見習いであり、日々道に迷っています。したがって、事務所選びをされている皆さんが、上に書いたことを参考に、いい選択をし、同じ弁護士として頑張っていけることを願っています。
埼玉県虐待禁止条例改正案について
今話題の、埼玉県虐待禁止条例の改正案について、少し調べてみました。報道では、子どもを留守番させる=放置=虐待=通報とされることもありますが、改正案を見る限りは、放置=虐待とはなっておらず、放置すると直ちに虐待に該当するわけではなさそうです。ただ、放置概念が広範すぎる点は明らかに問題で、批判されてもやむなしかと思います。また、条例案を提出した自民党の県議団団長が、放置は虐待に当たると明言したことで、放置=虐待という理解がされ、批判が大きくなっているようにも思います。
■概要
埼玉県虐待禁止条例は、平成29年に制定された埼玉県の条例(平成二十九年七月十一日条例第二十六号)です。平成30年4月1日に施工されています。議員提案政策条例であり、埼玉県議会自由民主党議員団でプロジェクトチームを立ち上げ、ヒアリングを行い、パブリックコメントを経て条例案が作成されています。
当時、自治体法務研究において、同プロジェクトチームの会長と事務局長を著者とする記事(以下「本件記事」といいます。)により解説がなされているほか*1、埼玉県虐待禁止条例の逐条解説(未定稿)*2(以下「本件コンメ」といいます。)というのもあります。なお、「未定稿」とありますが、インターネット上では、これが最終版の逐条解説であるという記載もありました*3。
■現行の埼玉県虐待禁止条例
現行の埼玉県虐待禁止条例(以下「現行条例」といいます。)は、全25条で、本件記事にも言及のある通り、①虐待の防止、②虐待の早期発見・早期対応、③児童等への援助、④人材育成等について規定します。現行条例で対象とされているのは、児童だけでなく、高齢者や障害者も含まれており、条文上、「児童等」というのは、児童、高齢者及び障害者を含むとされています。ただし、今回は児童に関する規定が注目されているので、本稿も児童のみについて述べます。
まず、現行条例では、児童に対する虐待とは、以下のように定義されています(現行条例2条1号)。虐待の範囲は、国の法律より広くなっています。
イ 国の法律である児童虐待防止法に規定される虐待行為
なお、児童虐待防止法に規定される児童虐待とは以下の通り、保護者が監護する児童に対してする、暴行、わいせつ行為、顕著なネグレクト、極端な暴言やDV等とされており、これらは現行条例の虐待に含まれます。
|
(児童虐待の定義) 第二条 この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。以下同じ。)について行う次に掲げる行為をいう。 一 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。 二 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。 三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。 四 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。 |
ロ 養護者又は児童等の親族が当該児童等の財産を不当に処分することその他当該児童等から不当に財産上の利益を得ること。
ハ 施設等養護者が児童等を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。
ニ 使用者である養護者がその使用する児童等について行う心身の正常な発達を妨げ、若しくは衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、その使用する他の労働者によるイに掲げる行為と同様の行為の放置その他これらに準ずる行為を行うこと。
また、児童とは、十八歳未満の者をいい(現行条例2条2号)、養護者とは、児童等を現に養護する者をいいます(現行条例2条5号)。
次に、現行条例は「養護者」について、「施設等養護者」「使用者である養護者」と、それ以外の養護者を区別して義務を定めています。これは、プロとアマチュアの区別を前提にした使い分けです。すなわち、子どもの面倒を見ている親は、多くの場合、「施設等養護者」でも「使用者である養護者」でもない養護者(以下「アマ養護者」といいます。)に当たるということになりそうです。
これに対し、「施設等養護者」は、児童福祉施設や学校を含みます。「使用者である養護者」は明確な定義はないですが、本件コンメによれば、使用者とは、児童の雇用主又は同僚を指すとされています。したがって、「施設等養護者」「使用者である養護者」はプロ養護者ということになりそうです。
■現行条例の養護者や埼玉県民が負う義務・責務
現行条例において養護者がどんな義務・責務を負うかですが、以下の通りです。
1 児童等に対して虐待をしてはならない責務(現行条例5条1項)
2 自らが児童等の安全の確保について重要な責任を有していることを認識し、県、市町村及び関係団体による支援を受ける等して、その養護する児童等が安全に安心して暮らすことができるようにする責務(現行条例5条2項)
3 アマ養護者について、養護する児童等の安全の確保について配慮する義務(現行条例6条1項)
4 プロ養護者について、養護する児童等の安全の確保について専門的な配慮をする義務(現行条例6条2項)
5 深夜(午後11時から翌午前4時)に児童を外出させないよう努める義務(現行条例6条3項)
また、これに加えて、埼玉県民は、以下の努力義務を負います。
6 基本理念についての理解を深め、県民と児童等及びその養護者との交流が虐待の防止等において重要な役割を果たすことを認識し、虐待のない地域づくりのために積極的な役割を果たすよう努めるとともに、県及び市町村が実施する虐待の防止等に関する施策に協力するよう努めるものとする(8条)。
これ以外には、アマ養護者・プロ養護者や県民が負う義務の規定はなく、残りは県や関係団体に対して義務を課す条文です。たとえば、虐待予防の取組義務(現行条例9条)、虐待を受けた・虐待を受けたと思われる児童等を発見した者にとって通告又は通報を行いやすい環境整備の努力義務(現行条例13条1項)や、県と児童相談所、警察署、市町村、関係団体との虐待に関する情報共有促進義務(現行条例14条1項)、児童の福祉に関する事務に従事する者に対する研修を実施する義務(現行条例19条1項)、発生した重大な虐待等について県が検証を行う義務(現行条例22条)など、たくさんの義務が規定されています。
以上からすると、養護者が負う義務としては345であり、加えて、養護者は12の責務を、県民は6の努力義務を負うということになります。全体として、県の虐待防止の努力を求めつつ、養護者や県民に対して、国の法律より広い範囲で虐待を定義して、そのような事態にならないよう児童の安全に配慮を求めるものです。
■今回の条例改正案審議の経緯等について
さて、2023年10月になってウェブ上の全国ニュースで話題になっている条例改正案(以下「本改正案」といいます。)についてです。報道によれば、埼玉県議会福祉保健医療委員会は、2023年10月6日、自民党県議団が提出した条例改正案を賛成多数で解決したとのことです。この改正案に対して、幅広い家庭が条例違反になりかねないとして、無所属県民会議が9歳以下に対しても努力義務とする修正案を提出し、民主フォーラムが継続審議を求めたが、否決されたとのことです。また、自由民主党埼玉県議団団長の田村琢実氏(以下「田村氏」といいます。)は、「罰則規定を今後検討するかについて、「あまりにも子どもの放置事例が出てくれば再考する必要がある。まず(放置は虐待という)認識を広めることに重きを置いている。(3年生以下の線引きは)学童保育の現状を含め、広域行政のバックアップを想定して決定している」と考えを示した。」とのことです*4*5。10月13日の本会議で成立する見通しで、現状の改正案通り成立すれば、2024年4月1日から施行されることになります。
改正案の内容は、埼玉県のウェブサイト*6で確認できます。これによると、52名の埼玉県議会議員が、2023年10月4日に提出したとされ、提出理由は「児童が放置されることにより危険な状況に置かれることを防止するため、児童を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置をしてはならない旨を定めるなどをしたいので、この案を提出するものである。」とされています。
埼玉県議会自由民主党議員団のウェブサイト*7を見ると、2023年6月、7月、9月、10月に、埼玉県虐待禁止条例の一部改正検討プロジェクトチームが開催されているようです。2023年には少なくとも他に開催の広報はされていませんでした。
福祉保健医療委員会は、定数12で、メンバーは以下の通りです*8。
|
正副委員長 |
議席番号 |
氏名 |
会派名 |
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委員長 |
37 |
自民 |
|
|
副委員長 |
23 |
柿沼貴志 |
自民 |
|
|
4 |
渡辺聡一郎 |
自民 |
|
|
25 |
戸野部直乃 |
公明 |
|
|
27 |
民主フォーラム |
|
|
|
29 |
城下のり子 |
|
|
|
31 |
八子朋弘 |
県民 |
|
|
48 |
木下博信 |
自民 |
|
|
61 |
辻浩司 |
民主フォーラム |
|
|
64 |
日下部伸三 |
自民 |
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65 |
小久保憲一 |
自民 |
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89 |
小谷野五雄 |
自民 |
■改正の内容
では、問題視されている改正案はいかなるものかについて、以下に改正前後の比較表(新旧対照表)にて整理します。
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現行 |
改正案 |
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(新設)
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第六条の二 児童(九歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるものに限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置をしてはならない。 2 児童(九歳に達する日以後の最初の三月三十一日を経過した児童であって、十二 歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるものに限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置(虐 待に該当するものを除く。)をしないように努めなければならない。 3 県は、市町村と連携し、待機児童( 保育所における保育を行うことの申込みを行った保護者の当該申込みに係る児童であって保育所における保育が行われていないものをいう。)に関する問題を解消するための施策その他の児童の放置の防止に資する施策を講ずるものとする。
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(県民の役割) 第八条 県民は、基本理念についての理解を深め、県民と児童等及びその養護者との交流が虐待の防止等において重要な役割を果たすことを認識し、虐待のない地域づくりのために積極的な役割を果たすよう努めるとともに、県及び市町村が実施する虐待の防止等に関する施策に協力するよう努めるものとする。
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(県民の役割) 第八条 県民は、基本理念についての理解を深め、県民と児童等及びその養護者との交流が虐待の防止等において重要な役割を果たすことを認識し、虐待のない地域づくりのために積極的な役割を果たすよう努めるとともに、県及び市町村が実施する虐待の防止等に関する施策に協力するよう努めるものとする。 2 県民は、虐待を受けた児童等(虐待を受けたと思われる児童等を含む。第十三条及び第十五条において同じ。)を発見した場合は、速やかに通告又は通報をしなければならない。
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第十三条 県は、早期に虐待を発見することができるよう、市町村と連携し、虐待を受けた児童等(虐待を受けたと思われる児童等を含む。以下この条及び第十五条において同じ。)を発見した者にとって通告又は通報を行いやすい環境、虐待を受けた児童等にとって届出を行いやすい環境及び虐待を受けた児童等の家族その他の関係者にとって相談を行いやすい環境の整備に努めなければならない。 2 県は、市町村と連携し、虐待を受けた児童等に係る通告、通報及び届出を常時受けることができる環境の整備に努めなければならない。 3 県は、虐待を受けた児童等に係る通告、通報、届出又は相談を行った者に不利益が生ずることがないよう、その保護について必要な配慮をしなければならない。
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第十三条 県は、早期に虐待を発見することができるよう、市町村と連携し、虐待を受けた児童等を発見した者にとって通告又は通報を行いやすい環境、虐待を受けた児童等にとって届出を行いやすい環境及び虐待を受けた児童等の家族その他の関係者にとって相談を行いやすい環境の整備に努めなければならない。 2 県は、市町村と連携し、虐待を受けた児童等に係る通告、通報及び届出を常時受けることができる環境の整備に努めなければならない。 3 県は、虐待を受けた児童等に係る通告、通報、届出又は相談を行った者に不利益が生ずることがないよう、その保護について必要な配慮をしなければならない。
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今回の改正の要点は以下の通りです。
1 小学3年生以下の児童を現に養護する者は、その児童を住居等に残したまま外出してはならない義務を負う(本改正案6条の2第1項)。
2 小学4年生以上小学6年生以下の児童を現に養護する者は、その児童を住居等に残したまま外出してはならない努力義務を負う(本改正案6条の2第2項)。
3 県は、待機児童に関する問題を解消するための施策その他の児童の放置の防止に資する施策を講ずる(本改正案6条の2第3項)。
4 県民は、虐待を受けた児童等を発見した場合は、児童福祉法上の通告をしなければならない(本改正案8条2項)。
以下では、12で課されている義務を「放置禁止義務」(2は1と違って努力義務ですが、義務の内容自体は同じなので、このようにまとめます。)、4で課されている義務を「通告義務」といいます。
■本改正案に対する感想
ここからは本改正案に対する感想です。
- 全体的に、現行条例とのトーンの差が大きいように感じます。現行条例は、基本的に養護者や県民に対する義務は最低限のものとしていたのに対し、本改正案は、現に児童を養護する者に対して義務や努力義務を課し、県民に通告義務を課しています。たとえば、現行条例では、安全配慮義務の具体化として、児童の安全を確保するために深夜外出をさせない努力義務が課されており(現行条例6条3項)、これは児童の安全を確保できない深夜外出を防ぐ努力をせよ・努力をしなければ条例違反となる、というレベルでした。それに対し、本改正案では、放置禁止義務に違反した瞬間、条例違反になります。特に、小学3年生以下の児童については、努力義務ですらないので、住居等に残して外出しただけで条例違反になります。このような行為を条例違反と評価することで、虐待の発生を防ぎたいということでしょうが、それは努力義務や、児童の安全を確保できない外出のみを制限すれば足りると思われ、合理的理由が見出しがたく感じます。
- 3は、待機児童、つまり就学前児童についての施策であり、小学生には関係がないと思います。そのため、この条文を、本改正案6条の2に入れたのは、その意図はないにせよ、法文としては唐突感が強く、いかにも言い訳のように感じます。待機児童の問題は解消の方向に向かっており、埼玉県の待機児童は、平成30年の1552人に対し、令和5年は347人です*9。入所申込者数は増加しているとのことですので、今後も解消の努力はすべきでしょうが、本改正案が施行されると、放置禁止義務が生じるので、これまで保育所に入る必要がなかった児童を保育所に入れるべきとなり、ニーズが増えることを想定しているのでしょうか。また、小学生については、保育所ではなく学童等の整備が必要になると思われますが、埼玉の学童待機児童の数は相当多いようです*10。報道によれば、田村氏は、3年生以下の線引きは、学童保育の現状を含め、広域行政のバックアップを想定して決定していると述べているようですが、それと条文の関係が理解し難く思います。こういった理由から、3については制定の理由が分かりかねます。
- 4は、現行条例上の虐待を受けた児童等を発見したときに、児童福祉法や児童虐待防止法上の通告をせよというものです。児童福祉法上の通告は、要保護児童(保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童)を発見した者に、通告義務を課すものです(児童福祉法25条、6条の3第8項)。また、児童虐待防止法上の通告は、児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者に対し通告義務を課すものです(児童虐待防止法6条1項)。ここで留意すべきは、現行条例上の「虐待」の範囲が児童虐待防止法上の虐待より広いことです。つまり、県民は、児童虐待防止法より重い義務を負うことになります。
- 報道によれば、田村氏は「放置は虐待である」という発言もされたようです。しかし、本改正案を見る限り、放置禁止義務違反は、ただちに虐待になるわけではなく、虐待の定義に含まれる「児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置」(現行条例2条1号イ、児童虐待防止法2条1項3号)に該当する場合に虐待になるということかと思います。一方で、本改正案6条の2第2項の「当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置(虐待に該当するものを除く。)」という記載からすると、放置禁止義務が虐待に該当しうることも前提にされているようです。
- 報道によれば、田村氏は、罰則規定については、「あまりにも子どもの放置事例が出てくれば再考する」と述べたようです。これは、通告義務の罰則に言及するものかと思いますが、児童虐待防止法上、通告義務違反に罰則はないと思いますので、流石に行き過ぎではないかと思います。
法的に見たときのこの条例の問題点としては、(i)放置の概念が広すぎること、(ii)放置禁止義務において、禁止される放置が、生命身体に危険が及びうる場合等によって絞り込まれていないこと、(iii)努力義務になっていないことがあるように思います。実際に、著しく危険な放置を禁止するのはいいとしても、放置の定義が過度に広範で曖昧という批判がされていますが、これは全く妥当だと思います。
また、想定される問題となる場面としては、子どもだけでの外出や公園で遊ぶことや、子どもだけでの下校(学校から学童への移動も含む)、留守番といったことがあろうかと思います。本改正案では、これらが条例違反になる可能性は否定できません。これらの行為が制限されることで得られるメリットが、本改正案を念頭に対応をする必要がある学校や学童等の現場の負担が増えるデメリット(ひいてはそれは保護者や納税者としての国民に跳ね返ること)に見合うのかよく分かりません。また、田村氏の発言も踏まえると、本改正案は、留守番を許容せず、学童や保育所の利用を促進したいと考える必要がありそうですが、福祉予算を増やす方向の施策が現在の日本にマッチするのかというのも疑問です。
いずれにせよ、理念には共感できる部分はあるものの、ワーディングに大いに問題がある条例であり、報道されているような懸念が様々な方向から示されるのは至極当然というように思います。たとえば、放置については、ある程度範囲を絞ったうえで、安全配慮義務の一類型として、現行条例6条3項の深夜外出防止の努力義務と同じように規定すればよかったのではないでしょうか。
■現行条例
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埼玉県虐待禁止条例 平成二十九年七月十一日 埼玉県虐待禁止条例をここに公布する。 埼玉県虐待禁止条例
目次 第一章 総則(第一条―第八条) 第二章 虐待の予防(第九条―第十二条) 第三章 虐待の早期発見及び虐待への早期対応(第十三条―第十五条) 第四章 児童等に対する援助等(第十六条・第十七条) 第五章 人材の育成等(第十八条―第二十二条) 第六章 雑則(第二十三条―第二十五条) 附則
第一章 総則 (目的) 第一条 この条例は、児童、高齢者及び障害者(以下「児童等」という。)に対する虐待の禁止並びに虐待の予防及び早期発見その他の虐待の防止等(以下「虐待の防止等」という。)に関し、基本理念を定め、県及び養護者の責務並びに関係団体及び県民の役割を明らかにするとともに、虐待の防止等に関する施策についての基本となる事項を定めることにより、当該施策を総合的かつ計画的に推進し、もって児童等の権利利益の養護に資することを目的とする。
(定義) 第二条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。 一 虐待 次のいずれかに該当する行為をいう。 イ 養護者がその養護する児童等について行う児童虐待の防止等に関する法律(平成十二年法律第八十二号。以下「児童虐待防止法」という。)第二条各号、高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成十七年法律第百二十四号。以下「高齢者虐待防止法」という。)第二条第四項第一号及び障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成二十三年法律第七十九号。以下「障害者虐待防止法」という。)第二条第六項第一号に掲げる行為 ロ 養護者又は児童等の親族が当該児童等の財産を不当に処分することその他当該児童等から不当に財産上の利益を得ること。 ハ 施設等養護者が児童等を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。 ニ 使用者である養護者がその使用する児童等について行う心身の正常な発達を妨げ、若しくは衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、その使用する他の労働者によるイに掲げる行為と同様の行為の放置その他これらに準ずる行為を行うこと。 二 児童 児童虐待防止法第二条の児童をいう。 三 高齢者 高齢者虐待防止法第二条第一項の高齢者(同条第六項の規定により高齢者とみなされる者を含む。)をいう。 四 障害者 障害者虐待防止法第二条第一項の障害者をいう。 五 養護者 児童等を現に養護する者をいう。 六 施設等養護者 養護者のうち、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第七条第一項の児童福祉施設(次号において「児童福祉施設」という。)その他の知事が告示で定める施設又は事業(第十九条において「児童福祉施設等」という。)に係る業務に従事する者、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条の学校、同法第百二十四条の専修学校及び同法第百三十四条第一項の各種学校(これらのうち児童が在籍しているものに限る。以下「学校」という。)の教職員、高齢者虐待防止法第二条第二項の養介護施設従事者等(第二十条において「養介護施設従事者等」という。)、障害者虐待防止法第二条第四項の障害者福祉施設従事者等(第二十一条において「障害者福祉施設従事者等」という。)並びに医療法(昭和二十三年法律第二百五号)第一条の五第一項の病院及び同条第二項の診療所(患者を入院させるための施設を有するものに限る。)(次号において「病院等」という。)の医師、看護師その他の従業者をいう。 七 関係団体 児童福祉施設、学校、高齢者虐待防止法第二条第五項第一号の養介護施設(第二十条第二項において「養介護施設」という。)、障害者虐待防止法第二条第四項の障害者福祉施設(第二十一条第二項において「障害者福祉施設」という。)、病院等その他児童等の福祉に業務上関係のある団体をいう。 八 通告 児童福祉法第二十五条第一項及び第三十三条の十二第一項並びに児童虐待防止法第六条第一項の規定による通告をいう。 九 通報 高齢者虐待防止法第七条第一項及び第二項並びに第二十一条第一項から第三項までの規定並びに障害者虐待防止法第七条第一項、第十六条第一項及び第二十二条第一項の規定による通報をいう。 十 届出 児童福祉法第三十三条の十二第三項、高齢者虐待防止法第九条第一項及び第二十一条第四項並びに障害者虐待防止法第九条第一項、第十六条第二項及び第二十二条第二項の規定による届出をいう。
(基本理念) 第三条 虐待は、児童等の人権を著しく侵害するものであって、いかなる理由があっても禁止されるものであることを深く認識し、その防止等に取り組まなければならない。 2 虐待の防止等は、特定の個人又は家族の問題にとどまるものではないことから、社会全体の問題として、県、県民、市町村、関係団体等の地域の多様な主体が相互に連携を図りながら取り組まなければならない。 3 虐待の防止等に関する施策の実施に当たっては、児童等の生命を守ることを最も優先し、児童等の最善の利益を最大限に考慮しなければならない。 4 養護者(施設等養護者及び使用者である養護者を除く。以下この項において同じ。)に対する支援は、それが虐待の予防に資するものであることに鑑み、養護者が虐待を行うおそれがないと認められるまで切れ目なく行われなければならない。
(県の責務) 第四条 県は、前条の基本理念(第七条第二項及び第八条において「基本理念」という。)にのっとり、虐待の防止等に関する施策を策定し、及びこれを実施するとともに、必要な体制を整備するものとする。 2 県は、市町村に対し、福祉、保健、教育等に関する業務を担当する部局の相互の連携を強化し、児童等を守るための役割を主体的に担うよう求めるとともに、市町村が実施する虐待の防止等に関する施策に関し、必要な助言その他の援助を行うものとする。 3 県は、市町村と連携し、関係団体が行う虐待の防止等に関する活動について必要な協力を行うものとする。
(養護者の責務) 第五条 養護者は、児童等に対し、虐待をしてはならない。 2 養護者は、自らが児童等の安全の確保について重要な責任を有していることを認識し、県、市町村及び関係団体による支援を受ける等して、その養護する児童等が安全に安心して暮らすことができるようにしなければならない。
(養護者の安全配慮義務) 第六条 養護者(施設等養護者及び使用者である養護者を除く。)は、その養護する児童等の生命、身体等が危険な状況に置かれないよう、その安全の確保について配慮しなければならない。 2 養護者(施設等養護者及び使用者である養護者に限る。)は、その養護する児童等の生命、身体等が危険な状況に置かれないよう、その安全の確保について専門的な配慮をしなければならない。 3 児童を現に養護する者は、その養護する児童の安全を確保するため、深夜(午後十一時から翌日の午前四時までの間をいう。)に児童を外出させないよう努めなければならない。
(関係団体の役割) 第七条 関係団体は、虐待を発見しやすい立場にあることを認識し、虐待の早期発見に努めるとともに、その専門的な知識及び経験を生かし、児童等及びその養護者に対する支援を行うよう努めるものとする。 2 関係団体は、基本理念にのっとり、県、市町村及び他の関係団体と連携し、県及び市町村が実施する虐待の防止等に関する施策に積極的に協力するよう努めるものとする。
(県民の役割) 第八条 県民は、基本理念についての理解を深め、県民と児童等及びその養護者との交流が虐待の防止等において重要な役割を果たすことを認識し、虐待のない地域づくりのために積極的な役割を果たすよう努めるとともに、県及び市町村が実施する虐待の防止等に関する施策に協力するよう努めるものとする。
第二章 虐待の予防 (虐待予防の取組) 第九条 県は、虐待の予防に資するため、市町村及び関係団体と連携し、児童等が安全に安心して暮らせるよう、養護者、県民等に対し、虐待の防止等に関する情報の提供及び相談の実施その他の必要な措置を講ずるものとする。
(児童虐待予防の取組) 第十条 県は、児童に対する虐待の予防に資するため、市町村が養護者(施設等養護者及び使用者である養護者を除く。)に対し、妊娠、出産、育児等の各段階に応じた切れ目のない支援を行うことができるよう、情報の提供その他の必要な援助を行うものとする。
(乳児家庭全戸訪問事業等による児童虐待予防の取組) 第十一条 県は、児童に対する虐待の予防に資するため、市町村に対し、児童福祉法第六条の三第四項の乳児家庭全戸訪問事業及び同条第五項の養育支援訪問事業(以下この条において「乳児家庭全戸訪問事業等」という。)の実施に関し、家庭への支援が適切に実施されるよう、情報の提供その他の必要な援助を行うものとする。 2 県は、市町村が乳児家庭全戸訪問事業等の対象となる全ての児童の状況を把握することができるよう、必要な措置を講ずるものとする。 3 県は、市町村に対し、乳児家庭全戸訪問事業等の実施状況について、必要と認める事項の報告を求めることができる。
(啓発活動) 第十二条 県は、虐待の防止等に関する県民の理解を深めるため、市町村と連携し、分かりやすいパンフレット等の作成及び配布、養護者に対する研修の実施その他の必要な啓発活動を行うものとする。 2 県は、学校の授業その他の教育活動において、児童の発達段階に応じた適切な虐待の防止等に関する教育を行う機会を確保するため、市町村と連携し、必要な施策を実施するものとする。 3 学校は、児童及びその保護者(児童虐待防止法第二条の保護者をいう。)に対し、虐待の防止等のための教育又は啓発に努めなければならない。
第三章 虐待の早期発見及び虐待への早期対応 (通告、通報、届出及び相談の環境の整備等) 第十三条 県は、早期に虐待を発見することができるよう、市町村と連携し、虐待を受けた児童等(虐待を受けたと思われる児童等を含む。以下この条及び第十五条において同じ。)を発見した者にとって通告又は通報を行いやすい環境、虐待を受けた児童等にとって届出を行いやすい環境及び虐待を受けた児童等の家族その他の関係者にとって相談を行いやすい環境の整備に努めなければならない。 2 県は、市町村と連携し、虐待を受けた児童等に係る通告、通報及び届出を常時受けることができる環境の整備に努めなければならない。 3 県は、虐待を受けた児童等に係る通告、通報、届出又は相談を行った者に不利益が生ずることがないよう、その保護について必要な配慮をしなければならない。
(情報の共有) 第十四条 県は、虐待の早期発見及び虐待への早期対応を図るため、個人情報の保護に留意しつつ、児童相談所、警察署、市町村、関係団体その他の虐待の防止等に関係するものの間における虐待に関する情報の共有の促進その他の緊密な連携の確保を図るための措置を講ずるものとする。 2 知事及び警察本部長は、虐待を防止するため、相互に虐待に関する情報又は資料を提供することができる。 3 知事及び警察本部長は、相互に情報又は資料を提供したときは、緊密な情報の共有を図るため、その後も引き続き相互に必要な情報又は資料の提供を行うものとする。 4 県は、虐待の防止等を適切に実施するため、他の都道府県その他の地方公共団体と連携し、虐待に関する情報を共有するよう努めるものとする。
(早期対応) 第十五条 県は、虐待に関する通告、通報、届出又は相談を受けたときは、必要に応じ、市町村及び関係団体と連携し、速やかに、当該通告、通報、届出又は相談に係る虐待を受けた児童等の安全の確認を行うための措置その他の必要な措置を講ずるものとする。 第四章 児童等に対する援助等
(虐待を受けた児童等に対する援助) 第十六条 県は、虐待を受けた児童等に対し、虐待から守られた良好な生活環境の確保及び心身の健康の回復を図るため、市町村及び関係団体と連携し、必要な援助その他の必要な措置を講ずるものとする。
(養護者に対する支援) 第十七条 県は、養護者(施設等養護者及び使用者である養護者を除く。以下この条において同じ。)の負担の軽減を図るため、市町村及び関係団体と連携し、情報の提供、相談の実施その他の必要な支援を適切に行うとともに、養護者が安心して子育て並びに高齢者及び障害者の養護を行うことができるよう、環境の整備を行うものとする。 2 県は、虐待を行った養護者が良好な家庭的環境を形成し、及び虐待を繰り返すことがないよう、市町村及び関係団体と連携し、当該養護者に対し、必要な指導及び支援その他の必要な措置を講ずるものとする。
第五章 人材の育成等 (人材の育成) 第十八条 県は、県、市町村及び関係団体において専門的知識に基づき虐待の防止等が適切に行われるよう、これらに係る専門的知識を有する人材を育成し、及び確保するために必要な措置を講ずるものとする。
(虐待の防止等に関する研修) 第十九条 県は、児童に対する虐待の防止等が専門的知識に基づき適切に行われるよう、これらの職務に携わる専門的な人材の資質の向上を図るため、児童の福祉に関する事務に従事する者に対する研修を実施するものとする。 2 児童福祉施設等の設置者若しくは事業を行う者又は学校の設置者は、その業務に従事する者又は教職員に対し、児童に対する虐待の防止等に関する研修を実施するものとする。 3 児童福祉施設等に係る業務に従事する者及び学校の教職員は、前項の規定による研修を受けるものとする。
第二十条 県は、高齢者に対する虐待の防止等が専門的知識に基づき適切に行われるよう、これらの職務に携わる専門的な人材の資質の向上を図るため、高齢者の福祉に関する事務に従事する者に対する研修を実施するものとする。 2 養介護施設の設置者又は高齢者虐待防止法第二条第五項第二号の養介護事業を行う者は、その養介護施設従事者等に対し、高齢者に対する虐待の防止等に関する研修を実施するものとする。 3 養介護施設従事者等は、前項の規定による研修を受けるものとする。
第二十一条 県は、障害者に対する虐待の防止等が専門的知識に基づき適切に行われるよう、これらの職務に携わる専門的な人材の資質の向上を図るため、障害者の福祉に関する事務に従事する者に対する研修を実施するものとする。 2 障害者福祉施設の設置者又は障害者虐待防止法第二条第四項の障害福祉サービス事業等を行う者は、その障害者福祉施設従事者等に対し、障害者に対する虐待の防止等に関する研修を実施するものとする。 3 障害者福祉施設従事者等は、前項の規定による研修を受けるものとする。
(虐待に係る検証) 第二十二条 県は、市町村と連携し、県内で発生した児童等の心身に著しく重大な被害を及ぼした虐待について検証を行うものとする。ただし、県が行う検証と同等の検証を市町村が行う場合は、この限りでない。
第六章 雑則 (児童又は高齢者に準ずる者に対する措置) 第二十三条 県は、この条例の趣旨にのっとり、市町村と連携し、児童又は高齢者以外の者であっても、現に養護を受けている者で、特に必要があると認められるものについては、児童又は高齢者に準じて必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(体制の整備) 第二十四条 県は、虐待の防止等を適切に実施し、及び虐待を受けた児童等に迅速かつ適切に対応するため、県、市町村、関係団体等の相互間の緊密な連携協力体制の整備に努めるものとする。 2 前項の連携協力体制の整備に当たっては、虐待を受けた児童等の適切な保護と養護者(施設等養護者及び使用者である養護者を除く。)に対する効果的な支援との両立が図られるよう配慮するものとする。 3 県は、市町村が設置する児童福祉法第二十五条の二第一項の要保護児童対策地域協議会の機能の強化及び運営の充実を図るため、必要な援助を行うものとする。
(財政上の措置) 第二十五条 県は、虐待の防止等に関する施策を推進するため、必要な財政上の措置を講ずるよう努めるものとする。
附 則 1 この条例は、平成三十年四月一日から施行する。 2 県は、社会状況の変化等を踏まえ、必要に応じこの条例について見直しを行うものとする。フォームの始まり フォームの終わり
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*1:http://www.rilg.or.jp/htdocs/main/senshin_reiki/CLOSE%20UP%20%E5%85%88%E9%80%B2%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%AF%E6%9D%A1%E4%BE%8B/51_068-072_CLOS%E5%9F%BC%E7%8E%89%E7%9C%8C_51.pdf
*2:https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/104705/tikujyoukaisetu.pdf
*3:http://www7b.biglobe.ne.jp/~hanawanomori/counseling.html
*4:https://www.yomiuri.co.jp/national/20231006-OYT1T50340/
*5:https://www.saitama-np.co.jp/articles/49164/postDetail
*6:https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/242395/gi_dai25_gou_joureian.pdf
*7:https://kengidan.jimin-saitama.net/news/
*8:https://www.pref.saitama.lg.jp/e1601/gikai-committe-list2-4.html
*9:https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/20191/r5taikijidou.pdf
パートナー弁護士になって思うこと(弁護士事務所の組織について)
今回は、弁護士事務所の組織という、おそらくあまり世の中的に興味を持たれないであろうことを書こうと思います。
さて、複数のパートナー弁護士が所属する弁護士事務所というのは、多くの場合、パートナーシップ制に基づき運営されています(弁護士法人かどうかを問わない)。このパートナーシップ制というのは、非常にわかりにくい制度ですが、民法上の組合や、取締役会非設置の株式会社のようなもので、意思決定にあたっては、パートナー弁護士の少なくとも過半数の同意を得る必要があります。
その仕組みとして、ある程度の規模事務所であれば、パートナー会議という最高意思決定機関があり、事務所の意思決定は同会議で行われます。また、大規模事務所では、パートナーの数が多く、同会議で意思決定をするコストが高くなることから、一部のパートナーがマネージングパートナーを務めたり、取締役会のような会議が設置され、日常的な意思決定をゆだねることがあります。
たとえば、日本最大手の西村あさひ法律事務所は以下のようにパートナー会議が最高意思決定機関となっているようであり、かつ、同事務所には「執行パートナー」や「執行委員会」という概念があるので*1、パートナー会議&マネージングパートナーという仕組みを取っているように見えます。
組織形態としてはパートナー制を採っていて、重要な意思決定は約200名が参加するパートナー会議で議論の上、議決権を持った約100名のパートナー弁護士の意思を集約して行われます。コンサルファームのパートナー制に似ていますが、構造としての大きな違いは、いわゆる会社組織的な上下関係ではなく、限りなくフラットに近いこと。トップダウンでどんどん決めるということはできません。
出典:
【西村あさひ】「人こそ資本」のプロファームが挑んだ約20年ぶりの人事制度改革の全貌
また、パートナー会議に約200名が参加し、そのうち約100名が議決権を有するとされています。つまり、同事務所では、ウェブサイトの肩書上は明示されていないようですが、パートナー会議に参加できるだけのパートナー弁護士と、参加し議決権を有するパートナー弁護士がいるようです。これも大手弁護士事務所では時々見られる制度で、「一定の条件」をクリアした弁護士が、議決権を有するパートナー(「エクイティパートナー」と言われることが多いような印象です。)に就任することが多いと思われます。
ところで、この区別は大規模弁護士事務所の組織については重要です。すなわち、大規模事務所では、パートナーの数が相当多い事務所がありますが、この場合、エクイティパートナーではないパートナーを増やしている可能性もあると思います。私は、企業法務を扱う大規模事務所の場合、自分のキャパシティを超えて案件を獲得する弁護士:それ以外の弁護士(案件を割り当てられる弁護士)=1:2以上にする必要があると考えていますが、世の中には1:2を大きく割っている事務所が見られます。このような事務所で、パートナー弁護士全員が、自分のキャパシティを超えて案件を獲得した場合、案件処理が間に合わなくなりパンクします。
ではなぜこのような状態が生じるかというと、パートナー弁護士の一部が、「案件を割り当てられる弁護士(ただし処理能力が高い)」ということだと思われます。つまり、伝統的には、一部のオーナー系事務所を除けば、パートナー弁護士=「自分のキャパシティを超えて案件を獲得する弁護士」で、アソシエイト弁護士=「案件を割り当てられる弁護士」だったのが、パートナー弁護士に、「自分のキャパシティを超えて案件を獲得する弁護士」だけでなく、「案件を割り当てられる弁護士(ただし、処理能力が高い)」が含まれるようになってきているのだろうと思います*2。
しかし、パートナー弁護士の中に、「案件を割り当てられる弁護士(ただし、処理能力が高い)」が含まれると、パートナー弁護士とアソシエイト弁護士の境界線が曖昧になります。実際には、パートナー弁護士よりも案件処理能力が高いアソシエイト弁護士が存在しうるからです。そうすると、パートナー弁護士の中に二種類設けようということになり、たとえば一定額の売上とか、世の中的に有名とかいった「一定の条件」をクリアした(うえで恐らくエクイティパートナーの承認を得た)パートナー弁護士が、エクイティパートナーに就任することになるのだろうと思います。
いずれにせよ、最終的に事務所の方針を決定しているのはエクイティパートナーであり、それ以外の弁護士は、自分と会話ができる(なるべくパワーを持った)エクイティパートナーを通じて、又は、パートナー会議に出席・発言ができる場合はその場で、事務所の方針決定に意見を述べることで方針決定に関与するというのが弁護士事務所の組織の在り方ということになります*3。私自身は、おそらく西村あさひ法律事務所というトップ事務所が上のような仕組みを取っていることからすると、大規模化したときの答えは上に述べたパターンしかないだろうと予想しています。
もちろん、組織の規模によって、意思決定は変わってくるでしょう。つまり、組織の人数が少ないうちは、意思決定の階層は少ない方がコストパフォーマンスがよく、人数が増えてくると、階層を増やした方がコストパフォーマンスはよくなります。このあたりは、弁護士事務所に限った話ではなく、他の業界の会社組織と同様でしょう。私自身の経験に基づけば、意思決定に関するパターンは、弁護士数に応じて以下のようになるのではないかと思います。
①弁護士数10名(パートナー複数名)以下:最低限のルールさえ決めておけば個別調整で対応可能。管理コストをかけるメリットほぼなし。
②弁護士数30名(パートナー10名)以下:パートナー会議での多数決(声がでかいボス主導もあり)。それぞれのパートナーが、事務所の経営の全てを把握することが可能。弁護士事務所としての統合された戦略や方向性は決めなくても上手く行く。個別調整のコストもあまり高くないので、ルールメイクしなくても対応可能。感覚的には、40人か50人くらいまでは、上手く行く可能性あり。
③弁護士数120名以下(パートナー40名):パートナー会議での多数決(声がでかいボス主導が成り立つが、ミスのリスクが高まる)+執行パートナーや管轄ごとの部会。パートナー弁護士が事務所の経営の全てを把握することや、パートナー全員がお互いを深く知ることが困難。弁護士事務所としての統合された戦略や方向性は決める必要性が高まるほか、個別調整のコストが上がり、ルールメイクしておかないと不便。
④弁護士数120名以上(パートナー40名以上):パートナー会議での多数決(声がでかいボス主導は困難)+執行パートナーや管轄ごとの部会。パートナー弁護士が事務所の経営の全てを把握することや、パートナー全員がお互いを深く知ることが不可能。お互いを知らない弁護士同士がパートナーシップを組むという矛盾した状態が生じるので、より組織化し、ルールメイクする必要がある。
恐らくこの中で一番難易度が高いのは、②→③ではないかと思います。ここが組織としての大きな変化のタイミングであろうと思います。弁護士は、とかく組織化が嫌いな職人気質を持った生き物ですが、②→③は、まさに生き物の集合体が結合して組織化するタイミングだからです。ここを乗り越えられれば、③→④はその延長線上にあり、改善によって対応できると思えるからです。
*1:ニュース:中山龍太郎 執行パートナー就任のご挨拶 | 西村あさひ法律事務所
*2:これには、インハウスロイヤーの待遇がよくなっており、パートナー弁護士就任の人気が相対的に下がってきていることも影響していると思います。
*3:その意味で、一定の規模がある弁護士事務所で、アソシエイトがここに記載した以上・以外の方法で意思決定に関与できることはあり得ません。