パートナー弁護士になって思うこと(弁護士事務所の組織について)

今回は、弁護士事務所の組織という、おそらくあまり世の中的に興味を持たれないであろうことを書こうと思います。

さて、複数のパートナー弁護士が所属する弁護士事務所というのは、多くの場合、パートナーシップ制に基づき運営されています(弁護士法人かどうかを問わない)。このパートナーシップ制というのは、非常にわかりにくい制度ですが、民法上の組合や、取締役会非設置の株式会社のようなもので、意思決定にあたっては、パートナー弁護士の少なくとも過半数の同意を得る必要があります。

その仕組みとして、ある程度の規模事務所であれば、パートナー会議という最高意思決定機関があり、事務所の意思決定は同会議で行われます。また、大規模事務所では、パートナーの数が多く、同会議で意思決定をするコストが高くなることから、一部のパートナーがマネージングパートナーを務めたり、取締役会のような会議が設置され、日常的な意思決定をゆだねることがあります。

たとえば、日本最大手の西村あさひ法律事務所は以下のようにパートナー会議が最高意思決定機関となっているようであり、かつ、同事務所には「執行パートナー」や「執行委員会」という概念があるので*1、パートナー会議&マネージングパートナーという仕組みを取っているように見えます。

組織形態としてはパートナー制を採っていて、重要な意思決定は約200名が参加するパートナー会議で議論の上、議決権を持った約100名のパートナー弁護士の意思を集約して行われます。
 コンサルファームのパートナー制に似ていますが、構造としての大きな違いは、いわゆる会社組織的な上下関係ではなく、限りなくフラットに近いこと。トップダウンでどんどん決めるということはできません。

出典:

【西村あさひ】「人こそ資本」のプロファームが挑んだ約20年ぶりの人事制度改革の全貌

また、パートナー会議に約200名が参加し、そのうち約100名が議決権を有するとされています。つまり、同事務所では、ウェブサイトの肩書上は明示されていないようですが、パートナー会議に参加できるだけのパートナー弁護士と、参加し議決権を有するパートナー弁護士がいるようです。これも大手弁護士事務所では時々見られる制度で、「一定の条件」をクリアした弁護士が、議決権を有するパートナー(「エクイティパートナー」と言われることが多いような印象です。)に就任することが多いと思われます。

ところで、この区別は大規模弁護士事務所の組織については重要です。すなわち、大規模事務所では、パートナーの数が相当多い事務所がありますが、この場合、エクイティパートナーではないパートナーを増やしている可能性もあると思います。私は、企業法務を扱う大規模事務所の場合、自分のキャパシティを超えて案件を獲得する弁護士:それ以外の弁護士(案件を割り当てられる弁護士)=1:2以上にする必要があると考えていますが、世の中には1:2を大きく割っている事務所が見られます。このような事務所で、パートナー弁護士全員が、自分のキャパシティを超えて案件を獲得した場合、案件処理が間に合わなくなりパンクします。

ではなぜこのような状態が生じるかというと、パートナー弁護士の一部が、「案件を割り当てられる弁護士(ただし処理能力が高い)」ということだと思われます。つまり、伝統的には、一部のオーナー系事務所を除けば、パートナー弁護士=「自分のキャパシティを超えて案件を獲得する弁護士」で、アソシエイト弁護士=「案件を割り当てられる弁護士」だったのが、パートナー弁護士に、「自分のキャパシティを超えて案件を獲得する弁護士」だけでなく、「案件を割り当てられる弁護士(ただし、処理能力が高い)」が含まれるようになってきているのだろうと思います*2

しかし、パートナー弁護士の中に、「案件を割り当てられる弁護士(ただし、処理能力が高い)」が含まれると、パートナー弁護士とアソシエイト弁護士の境界線が曖昧になります。実際には、パートナー弁護士よりも案件処理能力が高いアソシエイト弁護士が存在しうるからです。そうすると、パートナー弁護士の中に二種類設けようということになり、たとえば一定額の売上とか、世の中的に有名とかいった「一定の条件」をクリアした(うえで恐らくエクイティパートナーの承認を得た)パートナー弁護士が、エクイティパートナーに就任することになるのだろうと思います。

いずれにせよ、最終的に事務所の方針を決定しているのはエクイティパートナーであり、それ以外の弁護士は、自分と会話ができる(なるべくパワーを持った)エクイティパートナーを通じて、又は、パートナー会議に出席・発言ができる場合はその場で、事務所の方針決定に意見を述べることで方針決定に関与するというのが弁護士事務所の組織の在り方ということになります*3。私自身は、おそらく西村あさひ法律事務所というトップ事務所が上のような仕組みを取っていることからすると、大規模化したときの答えは上に述べたパターンしかないだろうと予想しています。

もちろん、組織の規模によって、意思決定は変わってくるでしょう。つまり、組織の人数が少ないうちは、意思決定の階層は少ない方がコストパフォーマンスがよく、人数が増えてくると、階層を増やした方がコストパフォーマンスはよくなります。このあたりは、弁護士事務所に限った話ではなく、他の業界の会社組織と同様でしょう。私自身の経験に基づけば、意思決定に関するパターンは、弁護士数に応じて以下のようになるのではないかと思います。

①弁護士数10名(パートナー複数名)以下:最低限のルールさえ決めておけば個別調整で対応可能。管理コストをかけるメリットほぼなし。

②弁護士数30名(パートナー10名)以下:パートナー会議での多数決(声がでかいボス主導もあり)。それぞれのパートナーが、事務所の経営の全てを把握することが可能。弁護士事務所としての統合された戦略や方向性は決めなくても上手く行く。個別調整のコストもあまり高くないので、ルールメイクしなくても対応可能。感覚的には、40人か50人くらいまでは、上手く行く可能性あり。

③弁護士数120名以下(パートナー40名):パートナー会議での多数決(声がでかいボス主導が成り立つが、ミスのリスクが高まる)+執行パートナーや管轄ごとの部会。パートナー弁護士が事務所の経営の全てを把握することや、パートナー全員がお互いを深く知ることが困難。弁護士事務所としての統合された戦略や方向性は決める必要性が高まるほか、個別調整のコストが上がり、ルールメイクしておかないと不便。

④弁護士数120名以上(パートナー40名以上):パートナー会議での多数決(声がでかいボス主導は困難)+執行パートナーや管轄ごとの部会。パートナー弁護士が事務所の経営の全てを把握することや、パートナー全員がお互いを深く知ることが不可能。お互いを知らない弁護士同士がパートナーシップを組むという矛盾した状態が生じるので、より組織化し、ルールメイクする必要がある。

恐らくこの中で一番難易度が高いのは、②→③ではないかと思います。ここが組織としての大きな変化のタイミングであろうと思います。弁護士は、とかく組織化が嫌いな職人気質を持った生き物ですが、②→③は、まさに生き物の集合体が結合して組織化するタイミングだからです。ここを乗り越えられれば、③→④はその延長線上にあり、改善によって対応できると思えるからです。

*1:ニュース:中山龍太郎 執行パートナー就任のご挨拶 | 西村あさひ法律事務所

*2:これには、インハウスロイヤーの待遇がよくなっており、パートナー弁護士就任の人気が相対的に下がってきていることも影響していると思います。

*3:その意味で、一定の規模がある弁護士事務所で、アソシエイトがここに記載した以上・以外の方法で意思決定に関与できることはあり得ません。