「日本開拓団死亡者名碑」破損事件について

日本側ではそこまで大きく報じられていない印象ですが、中国のネット上ではかなり話題になっているようです。まずは概要。

反日団体の「犯行報告」全文…満蒙開拓団「犠牲者名碑」*1を襲撃・破壊

サーチナ 8月4日(木)13時56分配信

黒龍江省ハルビン(哈爾濱)市郊外の方正県。で3日午後3時半ごろ、同地で亡くなった満蒙開拓団員(日本人入植者)の名を刻んだ碑の一部が傷つけられ、赤ペンキがかけられた。同事件で、碑を襲撃した5人が警察官ともみ合いになり、身柄を拘束された。警察は5人を尋問した上で、午後8時40分ごろに釈放した。尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権を主張する中国の反日団体「中国民間保釣(尖閣防衛)聨合(連合)会」の公式サイトに「犯行現場からの報告」が掲載された。

 8月1日付で掲載された、「碑設立」への抗議文の後に、赤い文字を使って、現地からの連絡にもとづくとみられる「報告」が掲載された。「報告」部分は以下の通り。

最新情報(8月3日15:06)。現在、中国民間保釣聨合会 保釣湘軍の志願者である五百、飛天燕子、韓忠、人間不公、梁智が、日本開拓団の碑を破壊中。すでにペンキをかけた。現場には警察官が大勢いる。(注:「志願者5人」の名は、いずれもハンドルネーム)

現場は混乱している。警察官はこちらをつかまえている。現場には100人近くの警察官がいる。志願者は警察官に両腕をねじられ、顔を押さえつけられ、強制連行された。

電話は通じなくなった。

5人は県公安局(県警察)で調書を取られている。

2011年8月3日21:37。5人の志願者は自由になった。現在、引き返す途中だ。

志願者「五百」によると(犯行)当時、現場には二十数台の警察車両があった。彼らはすでにマークされており、鉄条網を突破して中に入ると、すぐに警察官の阻止に遭遇した。警察官のうち何人かは「止まれ。止まらないと発砲する」と叫んだ。

5人は碑の前に殺到し、ペンキをかけてから石碑をたたき始めた。日本人開拓者の碑は、基本的に破壊された。

警察官は5人を捕まえた。その過程で、志願者5人は軽い傷を負った。カメラと携帯電話は奪い取られ、いずれも損傷を受けた。写真は消去された。

5人は方正県公安局に連行され、調書を取られた。その後、何の理由も告げられず、釈放された。5人は現在、帰途についている。

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◆解説◆
 中国の胡錦濤現政権は、江沢民前政権と異なり、「日本とはできるだけ協調したい」方針とされる。一方、反主流派になった江沢民派はこれまで、日本との問題が浮上した際に国民を煽(あお)ることで、政権に揺さぶりをかけたことがある。

 中国大陸の反日団体は厳しく監視・活動規制されているが、現在は高速鉄道の問題などで政府に対する批判が高まっている。中国民間保釣(尖閣防衛)聨合(連合)会は、当局の民衆に対する抑えが効きにくい状態であることを計算した上で、満蒙開拓団の碑への襲撃を実行した可能性がある。

 なお、中国民間保釣聨合会は「日本人開拓者の碑は、基本的に破壊された」と表明したが、中国メディアは「持っていた金づちで碑をたたいたが硬くて一部しか傷つけられず、持参した赤ペンキを碑の名簿部分にかけた」と伝えた。(編集担当:如月隼人)

実際の現場

五名の犯行者たち(犯行後北京駅到着時のもの)

中国側の事件の流れについての報道:http://news.qianlong.com/28874/2011/08/04/5884@7232953.htm

このような事件が起きた背景には、中国黒竜江省の方正県は、日本への移住者が3万5千人と大変多く、県には日本との繋がりを活かしていきたいという狙いがあったようで、商店の看板に日本語を併記するよう義務付けたりしていたということや、今回の碑を、70万元をかけて建てたりしたということから、ネット上で「日本の投資を呼び込むために侵略者のための碑を建てた」とか「日本に阿っている」というように反発を呼んだということがあります。それに対し、方正県は、日本開拓団の碑を建てたのは、日本人に対して中華民族の徳を以て怨みに報いるという理念を示すことだと釈明していました。しかしながら、批判はやまず、こういった事件が起きたということのようです。そして、事件後上記のとおり、たいしておとがめもなく解放された彼らは、昨日北京駅に到着し、そこで支持者に熱烈な歓迎を受け、各人2千元のカンパを受け取ったようです*2

これは上の解説にもあるように、現在当局が民衆に抑えが効かないことや、「愛国無罪」の理念に乗じて、保守派というべきか右翼というべきかはわかりませんが、上記団体がその二次団体構成員を使って犯行に及んだということだと思われます。結局、こういった問題が起きたのは、反日ナショナリズムという劇薬を利用してきた中国政府へのツケです​から、日本としては、社会の閉塞に対する解決策をナショナリズム​に求めてはいけないという教訓にすべきでしょう。どこぞの隣国に​安い喧嘩を売るような議員は特に。

さて、それ以外の感想ですが、まずは、中国に存在する根強い反日意識―ただしこれは、日本で在日コリアン被差別部落出身者と接したこともないのに差別をする日本人の若者と同様、戦後人為的に作出されたものが多いのかもしれない―が、ネットの発達によって、以前以上に容易に爆発しうる(しかも中国では、格差が小さく草食化が進んでいる日本とは異なり、「国士」が出てきやすい土壌がある)ということが改めて確認されたということがあります。昨晩、中国の鉄道事故について、ネット上で批判が巻き起こり政府に圧力がどうのこうのという話があり、これで中国は変わるか、みたいな「いい話」がテレビ番組で流れていましたが、その矛先が日本に向くことだってありえると。要するに、従来人民が個々に持っていた不満が、集合体として特定のはけ口に向かっていくという話で、それが日本(もちろん、実質的には、その本当の対象は中国政府ということもありえるが)に対して向けられると大変なことになるということです。これは、我々がビジネス等であちらに行った際には必ず気をつけておくべきことでしょう。

あと、この件についてだらだらとネットサーフィンをしていたのですが、これについてはおおよそ三つの立場がある​ようです。一つは多数派とおぼしき「碑は英雄のために建てるので​あり、例外は秦檜像のような場合だ」「国民の血税を鬼子*3のために​使うべきでない」といったもの。日本ではネトウヨさんが言いそうな感じのコメントですね。

一つは「我が党は日本軍国主義者と民衆を区別​しているのであるのに、碑を違法に破壊するのは、党の方針に反す​る」というもの。中国政府が日本との関係も踏まえて事態を鎮静化するには一番穏当かもしれませんが、政府の力が弱いとこの立場は取れないか。

一つは「歴史は歴史として見るべきであり、自分たちの親族​が死んだ地に慰霊に訪れる日本人はヒューマニズムの観点から受け​入れるべき」と。これは至極まっとうな立場だと思われます。

と、こういう感じで、中国側にも色んな見解があるんだよということを最後に言い添えておこうと思います。なお、一番最後の見解は、鄢烈山氏のブログ*4より。自分は、氏は非常に真っ当なこと​をおっしゃる言論人であると思っており、常にチェックしています(難しいのでなかなか読むのに時間かかりますが…)。ただし、この記事は当​該碑ができて巻き起こった批判に対応するもので、汚損事件に対応​するものではありません。いずれにせよ、「歴史は、カメレオンのように(その解​釈の色をころころ変えて)、政治利用されるべきではないし、財産​の神のために利用されるのはより禁ぜられるべきことだ」(历史不​应该为政治服务像变色龙,更不应该为财神服务)というの彼の言葉​は、日本人も心に刻んでおくべきことでしょう。

*1:引用のサーチナでは「犠牲者名碑」としていますが、「亡​者」を犠牲者と訳せるかは疑問です。犠牲者というのと死亡者というのでは意味合いに差があると思いますので、どちらになるか​は政治的な問題たりえるでしょう)

*2:http://www.chinanews.com/sh/2011/08-05/3235346.shtml

*3:「侵略者」という意味の日本人の蔑称。他に「小日本」など。自分が中国にいたころはよく「日本鬼子」と言われていました

*4:http://blog.sina.com.cn/s/blog_467a62230102druf.html