パートナー弁護士になって思うこと(採用とその後の成長について)

弁護士事務所にとって、最も重要な要素は、人材です。弁護士事務所の価値というのは、弁護士が提供するサービスの組み合わせですから、人材の中でも特に弁護士が重要です。そのため、優秀な新人を採用して優れた弁護士となってもらい、または中途の優秀な弁護士を採用し、事務所に残ってもらわなければなりません。

ここでよく聞くのが「いい人が(昔に比べて)いない」という声です。しかし、パートナーになる前から薄々思っていたことではありますが、これを言っている事務所は生き残れないか、少なくとも今後の成長はできないだろうと思っています。すなわち、企業法務分野における人材獲得競争が激しさを増していること、弁護士志望者の減少、少子化といった原因で、「いい人」を取るのが難しくなっているというのは事実だろうと思います。

ところで、弁護士事務所の規模や提供できる価値が成長するには、現在在籍する弁護士が成長することが必要です。成長というのは、その弁護士が取り扱う範囲を広げるとか、新しい分野を切り開くということを含みますが、そのためには、一定の工数が生じます。たとえば、これまで紛争を中心にしていた事務所で、M&Aを取り扱う弁護士が移籍してきたり、既存の弁護士が不正調査を取り扱い始めたりすれば、弁護士の人数が必要になります。そうすると、少なくとも一定以上の規模のある弁護士事務所が成長するにあたっては、一定の採用を継続(過去よりも採用数を増やすか、最低でも維持)する必要があります。したがって、「いい人」がいないという理由で採用をしないということは、成長のための新規投資を放棄するのとほぼ同義であり、成長に伴い既存の弁護士の負荷が高まり、離脱を促すことになりかねません。つまり、「いい人が(昔に比べて)いない」と言って採用をしないのは、経営者としては問題があろうと思います。もちろん、弁護士事務所として成長を意図しないなら別です。

その意味で、「いい人が(昔に比べて)いない」と言っている場合ではないというのが私の意見ではあります。しかし、この点についてパートナーになってから強く思うこととしては、「いい人」の概念の見直しが必要であろうということです。おそらく、伝統的に弁護士業界で言われていた「いい人」とは何かというのを考えてみると、①それなりに高学歴で、②人並み以上に「地頭」がよく、③ハードワークができ、④モチベーションが高く、⑤厳しい「指導」にも耐性がある、といった要素の全部または大半を満たす方というところでしょうか。

私の限られた経験の限りでは、新人を前提にすると、そういった方々は今でも一定数存在するものの、③ないし⑤を満たす方は以前よりは減っているように思います。しかし、上に述べた通り、この概念は見直しが必要と考えています。私の意見としては、①の高学歴かどうかは少なくとも弁護士の実務能力には関係がなく(ただし、将来に生きる人間関係には関係がある)、②の「地頭」は定義が分からないのでどうでもよく、⑤は、そもそも厳しい「指導」は不要というものです。一方、③④は、目の前の仕事をする理由や、今の努力・苦労がどう報われるかというのを説明し、理解してもらえれば、素直に頑張れる方が以前より増えている印象すらあります。

この③④に関しては、以前の弁護士事務所は、職人気質なところがあって、後輩は、背中で語る先輩についていけばきっと幸せになれると信じてハードワークをしていたように思いますが、私自身はそのようなスタイルには共感できません。むしろ、新人採用・中途採用ともに、自分自身が目の前の候補者の方と一緒に仕事をしたいか・将来的にパートナーシップ(パートナー弁護士かどうかは別にして)を組めそうかという視点から採用すべきと考えています。

また、採用後は、スキルについてはティーチングによって成長していただき、キャリアについてはコーチングにより議論をして探っていくべきであろうと思います。スキルというのは、ある程度正誤があり、かつ、先輩の方が後輩よりスキルが高い可能性があるのに対し、キャリアは選択の問題で、先輩も正解を知っている訳ではなく、せいぜいアドバイスしかできないからです。

加えて、弁護士は本質的には独立自営業者であり、パートナー弁護士であろうとなかろうと、一定の売上や顧客の獲得を求められます。流石にこれを全部先輩が面倒を見るというのは無理ですし、弁護士の本質に反するものの、先輩は独り立ちのためのサポートをしていくべきでしょう。

以上からすると、私が現在考えている「いい人」というのは、①スキルやキャリアに関する会話ができるキャラクターを持ち、②スキル・キャリアアップのための努力をでき、③弁護士事務所としてのビジョンを共有し、将来的にパートナーシップ(パートナー弁護士かどうかは別にして)を組める可能性を感じる人ということになろうかと思います。

私自身は、数年前からじわじわと上のような考え方を醸成していましたが、ここ2年のパートナーとしての経験を踏まえ、しばらくはこの考え方を前提に動いていこうと思っています。その意味で、中途の方はもちろん、新人の方であっても、採用活動の時点で、その候補者の方とキャリアについての対話を始める必要があると考えています。

貞観政要において、太宗が「いい人がいないのではなく、見つけられていないのだ」とリクルート担当に説教する場面がありますが、リクルートとその後の成長のプロセスは、時代の変化に乗り遅れないよう更新していく必要があることは確信しています。