漆器と供物台の彫刻と

本日偶々目にした記事で大きな衝撃を受けました。

dot.asahi.com

私が衝撃を受けたのは以下の部分です。

この日の会見で記者は毎回、手を上げ続けたが、約10問の質問全てに指されることはなかった。それでも手を上げ続けたが、彼女は、

「それでは、会見は終了させていただきます」

 と、強引に会見を打ち切り、菅首相は去って行った。

 会見後、山田氏が記者席にやってきたところを、挨拶がわりに名刺を差し出し、「次はあてていただけませんか」と頼んだ。名刺には「週刊朝日」とネット媒体の「AERA.dot」の記者と印刷されている。

 山田氏は名刺を見ながら「AERAはいつも読んでいます。AERAさんなら」。「週刊朝日なんです」と伝えると、「週刊朝日はちょっと……」と難色を示した。

これに対して記事は、以下のように締めくくっています。

AERAも同じ朝日新聞出版の媒体ではあるが、そもそも、広報官が媒体名によって「あてる」「あてない」を判断していたとしたら問題ではないか。政界関係者からは「会見前に、あてる記者はだいたい決まっている」という説すら聞く。

 山田氏の後任の広報官には、平等な運営を求めたい。

しかし、私が衝撃を受けたのは、山田広報官が、「週刊朝日はちょっと……」と率直に難色を示していることです。仮に山田広報官が、媒体によって選別をして指名していることに後ろめたさを感じていれば、このような発言はせずに「なかなかバランスよく指名させていただくのは難しくて」なり「なるべくバランスよく指名させていただくようにします」なり言うと思うのですが、そうではなく、堂々と、週刊朝日は指名したくないと述べているのです。つまり、彼女は、彼女の主観に基づき妥当な質問をしないと思われる記者を指名しないことは正当であると考えているのだろうと思います。

私は、首相の記者会見というのは、国民に対する説明の場であり、記者というのは、国民に代わって質問をしていると理解しています。それに対して、媒体によって選別をすることを正当と考えるのは、およそ理解できません。

加えて、私が彼女の背景に見たのは、現在のわが国において、公務員の国に対する思いが、悪い方向で作用しているのではないかということです。私は霞が関で務める公務員の皆さんに対して、基本的に尊敬の念を持っています。彼らは、国に対する熱い思いを持って日々の仕事に臨んでいると思っているからです*1

その一方で、彼らの国に対する純粋な思い、いわば大義が、悪い方向で作用すると、とんでもないことになるというのは、直感的に感じるところであり、かつ、先の大戦も教えるところです。

たとえば、「現在のような非常事態において、政権を維持することは必須である。そのためには、少々のことには目をつぶり、無理を通す必要もある」という「大事の前の小事」ロジックが典型です。もちろん、そのような場面が現場ないし実務においてあるであろうことは想像できます。しかし、これが行き過ぎると、何があっても政権を維持しなければならないという発想になってしまい、法令違反すらなかったことにされてしまいます。

加えて、純粋な思いが強いと、かかる発想を推し進める力も強くなります。大義の前にはやむを得ないという、「大人な判断」によって空気が形成され、その場が制圧されるという場面が連続していくでしょう。

今回の山田広報官のコメントからは、彼女は悪い意味で悪人ではなかったのだろうという印象を受けました。そして、そのような人物が、天真爛漫に、純粋な思いから、少なくとも私の感覚ではおよそ理解できない行為を正当と思って行ったというのは、私に大いなる衝撃を与えてくれました。きっと彼女は、自分は間違ってなかったと思っているのでしょう。そして、大人な判断を愛する一部の人たちは、彼女は大義のためにやったんだと思うのかもしれません。

しかし、大義や理念等というものは、法律でいう信義則のようなものであって、いかようにも解釈でき、理由付けにはなりません。応仁文明の乱の両軍も、関ケ原の戦いの両軍も、それこそ山一抗争の両当事者も、最近話題の崩壊したスター軍団のベンチャー企業の両当事者も、それぞれが大義を掲げているのですから。

最後に、貞観政要に出てくる三つの言葉を紹介したいと思います。

「およそ大事はみな小事より起こる。小事論ぜずんば、大事また正に救うべからざらんとす。社稷の傾危、これに由らざるはなし 」

「諍臣は必ずその漸を諫む。満盈びては、まむるところなし」

「ただ願わくは陛下、臣をして良臣とならしめよ。臣をして忠臣とならしむるなかれ」

 

最近の状況を見るに、小事を論ずることが怠られ、最早満盈んでいるのではないかという気もしますが、わが国において、公務員の皆さんが忠臣ではなく良臣であり続けられる世の中が維持されることを祈ってやみません。

*1:熱い思いがないと続けられないようなハードワークになっている現状を肯定するつもりはないですが、そのような環境で国のために働いている方々には強い敬意を持っています。