酪農実習記

ちょっと機会があって、八月末に北海道中標津町で酪農実習をさせていただきました。期間は四泊五日。何かのプログラムに乗っかったわけでもなんでもなく、牧場主さんのご好意に甘えた形です。

標津郡中標津(なかしべつ)町というところは、道東内陸部というかなり立地上不利に思える地域ですが、空港所在地であることなどもあって、道東で唯一人口が増加している町です*1。地元が人口減少どころか将来が全く見えないド田舎出身の自分としては、酪農とはどういうものかということを学ぶのみならず、どうしたら地方都市や田舎が生き残っていけるのかと行ったことも勉強できればと思い、今回訪問を決めました。なお、中標津町は移住計画を推進していて、これはなかなか面白いのでよかったら見てみてください*2。実際、行ってみた感想として、冬の寒さと大学の不存在くらいしか住んでいて気になると思われることはありませんでした。つまり、既に子育てを終えていて、都会に住むのがしんどいとかいった方には最適なのかもしれません。

そういった経緯で酪農に行くことになりましたが、折角高い飛行機代を払って北海道まで行くのだからということで、お世話になるより三日早く道東入りして、根室に二泊して観光してきました。中標津が活気のある町のように思えたのに対し、こちらはかなり寂れている感じがしました。人口自体は2.5万人の中標津に対し、根室市が2.9万人とそこまで差はないのですが、後者は最盛期5万人近かった人口が減っていったという経緯があるからかもしれません。根室に行ったのは、納沙布岬から北方領土を見たかったからで、色々思うところもあったのですが、それはそのうち。

中標津到着後、まずはホームセンターで準備をば。
長靴につなぎの作業服、サンダル等を購入。いざ牧場へ。

まずはその牧場での作業の流れを。

朝、5時前起床。起きるのには目覚まし時計はいらない。子牛が餌を求める声で目覚められる。起きたら顔を洗ってすぐに作業着を着る。
5時過ぎより、搾乳作業。
7時過ぎに搾乳が終了。
8時前に朝食。
朝食後、我々は多少の休憩をはさむが、牧場主さんと奥さんはすぐに作業に。作業は時季によって異なる。お世話になった牧場では、馬鈴薯も作っているので、酪農以外にそちらの作業もある。我々は重機を使えないので、草刈り等の初心者ができる作業をずっとやっていました。
12時に昼食、我々は休憩後、上記と同様の作業。
16時半くらいから、搾乳。
18時半くらいに搾乳終了で、一日の作業終わり。

搾乳作業等について詳しく。

当たり前ですが、乳牛は出産しないと乳を出さないので、一定期間で人工的に授精させ、乳を出すようにします。しかし、子牛には乳を飲ませないので、一定間隔で搾乳しないと乳牛は乳房が痛くなるらしく、一日二度、12時間ごとに搾乳を行います。なお、何度か出産すると乳の出が悪くなるので、そうすると処分されることになります。何度出産させるかは、牧場によって違い、1日当たりの搾乳量などによって左右されるようです。

搾乳の手順ですが、まず、搾乳の時間になると乳牛が厩舎の前に集まり、戸が開くとバーゲンに突っ込むおばちゃんよろしく突入して、所定の自分のスペースに入り込みます。これには理由があって、事前に各スペースの前に、個体ごとに決められた量の餌が置いてあり、牛はそれを知っていて早く食べたがるので、そういう流れができるということです*3。そこで、牛が餌に夢中になっているところで、どんどん牛を固定してしまいます。そして、餌を食べ終わる頃くらいから、搾乳を始めます。搾乳は、いまだ主流であるパイプライン方式で、長いチューブの端に四本の管が付いている搾乳機の一方をパイプラインに、もう一方を牛の乳房につけて行います。付け替えは人の手で行いますが、この搾乳機がなかなかの重さで、それなりに重労働です。搾乳が終わると、これは季節にもよると思いますが、夏場は牛を厩舎外に出します。

厩舎の中は清潔を保つようにしており、牛糞もきちんと片付けますが、牛の体温*4や何やらで独特の臭いと暑さがあり、慣れるまではきつかったです。糞は牛の後ろに設けてある溝に落とし、定期的に溝の底にあるベルトコンベアで外に出します。また、厩舎の外の糞については、重機で片付けます。
牛のスペースには藁が盛ってあり、これも定期的に交換するのですが、この作業もそれなりに重労働。一輪車で藁を取ってきて、フォークで敷くこと十往復くらいだったでしょうか。

なお、自分がお世話になった牧場は牛が50頭ほどで、少ないほうらしく、より多いところでは、厩舎内の掃除から搾乳まで全自動化しているところもあるようです。

だいたいこんな感じで、要するに自分は、四泊五日で搾乳八回と、あとは草刈り機で草を刈っていた、というところです。この程度の期間では、事業としての酪農というものについてどこまで学べたかはあやしいものですが、少し感想を書きます。

まず、北海道の酪農というものは、内地の米作農家と同様に考えることはできないなあということでした。超広大な牧草地、放牧地(何より、家から公道まで1キロ、隣家まで数キロという、アメリカの田舎と同じような世界です)に、何台もの重機に厩舎、サイロ。投下資本はかなりのものだろうと思われます。たとえば、乳牛100頭を飼育する酪農家であれば、生乳の売り上げは1億円を超えるので、軽く企業です。米で考えると、米の売価を一俵12000円くらいとすると、売上1億円に至るには840俵くらい。収量が1反8俵だとすると、105反つまり10町(ヘクタール)余りの農家でないと売上1億円にはならないということです。日本で10町を越える作付面積を有する米農家はたしか1パーセント未満だったかな。このことからもわかるように*5、とりあえず、酪農というのは我々というか自分がイメージする農家とは規模が違うと。

一方、自分がお世話になった50頭を飼育する牧場では、基本的に作業は牧場主さんのご夫婦が中心になさっていて、そのご両親と娘さんが適宜お手伝いされているように見えましたが、100頭なんてことになればおそらく家族経営では限界があるように思います。米作農家で10町超えると、田んぼの位置次第では適宜雇用が必要になるかと思いますので、その点は同じような感じでしょうか。なお、上記のとおり酪農では常に搾乳をしなければならないので、たとえば旅行等で休む場合はヘルパーを雇用します。このヘルパーという人たちは最近までなかなか待遇が悪かったようなのですが、今ではヘルパーの団体も結成され、努力次第ではかなり報われる職業となったそうです*6

そして、全く休めない上に、米作に比べて肉体の強さが要求される*7という意味で重労働なので、65歳で引退される方が多いようです。後継者がいればその人にやってもらい、いなければ土地や設備を売ってしまって、その対価と年金で暮らすということのよう。

いずれにせよ、企業クラスの規模がないと酪農はできない、というか牛数頭だけでやっても割に合わなくて廃業しているということだと思いますが、そういうことからすると、本来なら米作でもそうあるべきなのでしょう。また、米作に比べ酪農は、家業という要素が薄いような印象を受けました。つまり、会社と同じで、承継がしやすい・参入しやすいような印象を受けました*8

また、作業内容としては、動物がかかわるものなので、米作以上に予測不能なトラブルがありうると。何というか、動物と向き合わなければならないというのは、作物と向き合う農業とは少し違うところがあるかなあと。たとえば、牛に蹴られて怪我をすることだってありますし、牛が病気になってしまうこともあります。牛を買ってきたけど、うまく妊娠してくれなかったり、乳を出してくれなかったりということもあります。もちろん、これも全部米作でも似たようなことがありうるところではありますが。

絞った乳は、いったんタンクにため、その後専用車で農協に出荷し、一帯の生乳が集められて売るということになっているようです。この点は、現時点では米作とは違うところでしょうか。米作であれば、自分で販路を開くこともできます。そう言う意味では、酪農ではあまりユニークなことができないのかもしれません。

感想としてはとりあえずそんなところです。やはり4泊5日ではたいしたことはわからない…今度は冬にお邪魔してみたいと思っていたりします。

また、この牧場主さんは、とても意識が高い、というべきかわかりませんが、酪農に限らず色んな事を考えていらっしゃる方で、作業の勉強は午後6時半で終わるものの、食事しながら伺うお話が第二の勉強みたいなもので、本当に勉強になりました。やはり、現場でやってらっしゃる方が帰納的に体得された知識というのは、自分のように机上で学んだに過ぎない知識とは全然重みが違います。そういったものをなかなか身につける機会がなく、抽象的なものと戯れることがどうしても多くなってしまう自分、なるべくそういった方から多くのものを学んでいかなければなあと再確認した次第です。

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*1:ウィキペディア参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%A8%99%E6%B4%A5%E7%94%BA

*2:http://www.nakashibetsu.jp/iju/index.html

*3:ちなみに、牛の世界でもずる賢い奴がいて、他の牛のスペースの餌を食べてから自分のスペースに行こうとするのがいます笑

*4:獣医さんの診断に際して牛を押さえつける機会があったのですが、数分牛にくっついているだけで汗をかくくらいでした

*5:書いてみて全然わかりやすい例ではないことに気づいたが、折角計算したので残しておくことにしましたすみません

*6:団体をまとめられている方にお会いしましたが、大変器の大きな、肝の据わった方でした

*7:米作は機械化によって相対的にかなり楽になっており、高齢者でも従事できます

*8:法規制については不勉強故知りません